1-4 キッカケ

「おじゃましまーーす!!!」


私がもたもたと鍵を開けた途端、元気よく挨拶(?)をした鈴は、近くのスーパーの袋をシャカシャカ揺らして、私の家の扉をバーンと勢い良く開けはなった。


あまりにも鈴が動き始めるのが速かったから、ドアが私に当たりそうになってすこし驚いた。

あと、そういう開け方するといつかドアが壊れそうだから普通に開けてほしい。


「どうぞ〜…今日親いないからご自由に〜…」


いつも明るく元気な私の友の生き生きとした表情が、いろんな意味で今日ばかりは少し恨めしく見える。


私はゲッソリとした顔で全く覇気のない声を発しながらも、鈴が開け放った扉のドアノブを持ち、どうぞ、と一番うしろに立っていた橙李を空いた方の手の動きで、部屋の中へと促す。


「あはは…。じゃあ俺も失礼しま〜す」


橙李は明らかに疲れている私の様子に苦笑いを浮かべつつ、なんてことのない一軒家の玄関へと足を踏み入れて行った。





因みに、案の定3限が終わってからクラスメイト(主に女子)にものすごい勢いで質問攻めに合い、これはまずいと4限後はトイレへ逃げ込み、放課後用あるから今日はすぐ帰るね…と5限が終わってからは全速力で2-A、集合場所として指定されていた鈴のクラスへと駆け込んでいた。


それはそれで鈴のクラスメイトからどうしたんだあいつ、という顔で見られる羽目になり、居た堪れない思いをする。


「おっ、来るのはやいじゃーん!寂しかったのかー?」


と鈴は嬉しそうにからかっていたが、こちとらそんな場合ではなかった。

もう早よこの場から逃げたい。という気持ちでいっぱいだ。

鈴はおかまいなしにニコニコとしていたが。とても楽しそうで何よりデス…




少し時間が経ち──おそらく私の体感時間がやたら長く感じていただけで、そんなには待っていないはずだ。隣のクラスから「おまたせ〜」と橙李が顔を見せたのを私は視界に入れた瞬間、


「ほら、行くよ!」


と私は即座に鈴をクラスから引っ張り出して、私の勢いに面食らった様子の橙李も引き連れ校舎を後にした。


そこから近くのコンビニより私の家付近にあるスーパーのほうが多分安いだろうから…と3人でスーパーに向かう。

そこで各々が選んだアイスを橙李に買ってもらい、今に至る。





皆が居間へと入る。窓は大きく、そこから漏れ出す茜に染まる空の光が、棚の上に飾られる家族の写真や、写実的に描かれた森の風景画を薄く照らした。

この時期──正確に言うと今日は12月19日だが、日が暮れるのが早くなったな、と感じる。冬至が近いのだから当たり前ではあるが。

もうすぐ暗くなってしまう。灯りをつけておくとしよう。


部屋に入った時点で冬の外気から遮断され、幾分かマシではあったが、このままアイスを食べられるというほどの温度ではない。

寒さにガタガタ震えながらアイスを食べるなんて、それはいったい何の修行なのだというのか。

とりあえずリビングのエアコンをつけて、誰もいなかった部屋の中を暖めてもらう事にした。



ところで鈴がキョロキョロと部屋の中を見渡して「こたつ…」と呟いていたのは何故なのか。こたつは私の家に存在しないのだが、似たものでも飾ってあっただろうか。

そんなもの描いた絵もなかったと思うのだが。


橙李は、鈴の呟きに不思議そうな顔をする私を見て


「あんまり気にしなくていいと思うよ」


と笑っていた。そういうものなのだろうか。まあ、橙李が言うならそうしよう。





リビングにあるダイニングテーブルへ、私が家族内での定位置に座り、隣に鈴、その向かい側に橙李が座る。


「アイス、アイス〜♪」


猫目猫毛の元気な友は、ウキウキとした様子で自分の上着を椅子の背にかけ、布の学生鞄を傍に置く。

言ってしまえば、スーパーでアイス買って友達の家で食べるだけなのに、なんて省エネな幸せだろうか。


こういうのとても良いな、と思う。

鈴の気持ちが少しわかるような気がする。やってる事は多少、変ではあるけど。


でもなんてことない理由で集まって、適当に駄弁って、そして時間になったらまた明日って手を振るのだ。


めっちゃ普通っぽい。けど悪くない。

一緒にいるのは学校でも目立つ2人組だけど。私も多少目立つ人種ではあるけど。

なんてことない理由、の内容は真冬にアイスだけど。


しばらくこんな風に昔ながらの面子で最高にくだらないけど幸せな時間、過ごしてなかった気がするな。

いや、昔ある理由で定期的に一人外でいた所に、後ろから皆がひょこひょこ集まってきてたんだっけ──


「鈴、すごく嬉しそうだね」


がさりと袋の中に手を入れながら、白髪の涼しげな少年は言う。


「まあね〜!3人で久々に集まれたし、こういうのもいいと思わん?」


へへ、と鈴は目を閉じて照れ臭そうに笑う。きっと、考えていた事は私と一緒だ。


「…ふふっ、確かに。ありがと、鈴。」


無理矢理にでも切っ掛けを作って、私達を繋いでくれて。


気恥ずかしさからそこまでは言葉にしなかったが、私は穏やかな笑顔を浮かべてそう言った。





さて、袋からそれぞれアイスを取って、いざ真冬の冷菓食事会を始める。


因みに橙李は小さめのバニラのカップアイス。鈴はモチモチいちご大福アイス。私はコーンに入った、表面だけパリッとしたチョコアイスだ。


うん、久々に食べたけど美味しいな。コーンのサクサク具合が堪らない。

まぁ、まだ部屋が暖まってないからあまり食は進まないけど。


私達は冷えを誤魔化すように、くだらない日常話に花を咲かせる。


新婚の担任がちょっと惚気て周りからニヤニヤされてたとか、やたら厳しい体育の教師は毎日愛妻弁当を作ってもらってるらしいとか、【三つ葉】の新作ケーキが結構美味しかったとか。


本当に他愛のない平穏だ。


初見で誤解されやすい私にも、高校2年ともなればクラスメイトに1人2人友達はいるし、その子達と一緒にショッピングに行ったりカフェに行ったりするのは楽しい。

でも私は、昔からこの温度感が大好きなのだ。

やっぱり新しい友達ともなると気を使ってしまう感覚があるし、2人といると周りの目さえ気にならなければ非常に気楽だ。

こんな時間が永く続いてくれればいいなあと、思う。


周りからの目は年々変化してしまうから、平穏が平穏じゃなくなる感覚をずっと味わってはいるが。


それにしてもぽっかり空いたような、どこかスカスカした所が、胸辺りにあるような気がする。

何か足りない。飢えの様な感覚。

なんでだろう。こんなに幸せな空間にいる筈なのに。


どれだけ考えても答えが出ない…ううむ、と皆と話を続けながらもこの感覚に違和感を抱いていると、突然ブブッーと音がする。


「んっ?あっ、ごめん。ちょっと席外すわ。」


どうも鈴の椅子の背にかけた上着から鳴っていたスマホのようで、クルッと背を向けて上着のポケットを探るとパタパタと廊下に出ていった。


あっ、橙李と二人きりで話すの、あの時以来だな。久々に会ってからずっと隣に鈴がいたから、少し気まずい。

とはいえこのまま無言というのも逆にそわそわしてしまう、私は意を決して問いかけた。


「橙李はさ、あっちの世界に行ってたから、ずっと学校休んでたんだよね?」


橙李の顔が少々強張る。しかし答えを避ける事はできないと思ったのだろう。


「うん、そうだよ。」


肘をつきながら、目線を窓に移して答えた。カーテンの隙間から見える太陽は、暗がりに飲み込まれていくところだった。

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