1-3 ヤクソク

幼馴染、そう聞くとなんだか特別な関係性のように見えるだろう。

昔からずっといっしょにいる仲の良い二人が紆余曲折を経て恋愛関係になる…みたいな展開を、少女漫画なんかではよく見かけるものだ。


確かにこの男は嫌味も全くなく、客観的に見て性格は良いし、やたら格好いいし、運動神経も良ければ頭も良い。まあそれはそれはモテる。これが少女漫画や乙女ゲームの世界なら明らかにモブではない。

この世界の神は、一体どれだけの才と恵みをただ一人に与えれば気が済んだというのか。不平等ここに極まれり。


でも私にとって、彼をどう区分するかと言うことを考えたら、一番最適に近い言葉がそれであったというだけに等しい。他に強いて言うならば、同盟関係だろうか


同じ地域に住んではいたが、近所というほどではない。

私の母親がどうも橙李の親と仲が良かったらしい。その縁あり、子どもたち同士でもよく幼い頃から遊ぶ機会があったというわけなのだ。


彼の特異的な見目はいわゆるアルビノ、と呼ばれているもので、先天性の色素が薄くなっている病気、というのが正しいだろう。

本人や家族が自ら「アルビノなんだ」と言っていたからこのように紹介したが、近くにそのような人がいても、気にする人もいるかもしれないので一応言葉には注意していただきたい。


まあ、私が彼の容姿について知っているのはこれくらいだ。

昔からの知り合いとはいえ、他人が深く突っ込むような話でもないし、ちょっと見た目が違うからと言って特異な目で見られることの不快感は、私も知ってる。

だから、うん。これ以上彼の見た目であれこれ考える必要はないのだ。




「会うなり早々『おはよう』なんて軽い挨拶して、なんならしれっとふつーの顔して授業受けてたけどさぁ…久しぶり過ぎないかなぁ!!橙李とうりさんや!!!」


午前の授業が全て終わった一時の休憩時間。

本人が購買で激戦の末勝ち取ったらしい具増し増しお得焼きそばパンを、もしゃもしゃと貪りながら鈴がそう言った。

正直その意見はごもっともだと思う。

橙李の方はというと


「はは、ごめん。でも鈴には一言伝えといたろう?明日から学校戻るよって。」


とさして気にしていない様子で箸を片手に笑っていた。いや、多分そういうことじゃないと思うんだけど。


「それとこれとは話が違うだろうがぁ〜〜!!1ヶ月もなぁにしてたんだお前ぇぇぇぇ!!!」


案の定鈴が勢い良くツッコミを入れた。

先にも言ったが、橙李はここ一ヶ月ほどなんの前触れもなく学校に来なくなっていた。

ちなみに、この男の人間関係は完璧だ。妬み恨みと言った声も聞こえてきた試しがない。つまりいじめだとかそんな理由で休んでいた、というわけではない。


ああいや、前触れがなかったわけではないか。

2人がああだこうだ話している横で、私はとある日の記憶をぼんやりと呼び起こす。




『明日ちょっと学校休むかも。』


彼はある日、学校へ向かう道で偶然遭遇した朝、突如そんな事を呟いた。


『え、急にどうしたの?なんか嫌な事でもあった?』


『いや、そう言うのじゃないけど…』


『そうなの?じゃあ家の用事とか?』


『うん、まあ…そんな所。』


私としては彼の発言に対して当然の質問を返したつもりなのだが、何やら歯切れが悪い。詳細を話すのは難しいような事なのだろうか。

内心首を傾げていると、彼はまたポツリと言葉をこぼす。


『そんなに力にはなれないとは思うんだけど、なんか、今回の事は無性に嫌な予感するから、助けてやらなきゃいけない気がして』


その言葉を聞いて、私は察した。


『…の話って事?』


『うん』


彼にしては珍しく少し疲れたような、苦しそうな表情をしていることに、私はその時ようやっと気づいた。


『そっか。私はその話、ちゃんとわかってるとは言い切れないんだけどね。』


『でも、手伝えることがあるなら手伝いたいって思う気持ちは、わかるよ。』


手伝いたいと思っても自分にはどうもできないことだってあるのだ。でも、もしそれができる立場にいたなら、手を差し伸べてやることができるなら。


『なら、いいんじゃないかな。頑張ってきなよ。応援してる。』


私も行こうと思えば、手伝おうと思えばできたのかな。でも、何もできない私が足を引っ張るわけには行かない。だから、行けない。

平凡な私が向こうの世界へなんて、もう行けるわけがない。そう、自分の心を突き放した。

私は頑張って笑顔を作ってそう言うと、橙李はハッとした表情を一瞬見せたあと、少しすまなさそうな顔をしながら


『うん、行ってくる』


と一言告げたのだった。それが彼が休む前に最後に話した私の記憶だった。




そうだった、そんな事があったな。

紙パックの野菜ジュースを吸いながら記憶の整理を終わらせる。

1日休むだけという言い草だったのに、1ヶ月休むことになるとは全く考えていなかったが。


あのとき彼は、本当は私にも付いてきてほしくてそう言ったのか、それとも付いてくるのは危ないから暫く来ないでほしいと伝えたかったのか。それとも両方の思いが織り交ぜられた発言だったのか。

彼の最後に見せた表情を思うとなんとも言えないところだが、何にせよ帰ってこれたようで良かった、とホッとする。


「──具合とかは?」


「別に何も問題ないって。いや、心配かけてごめんな。」


「本当だよ全く…お詫びにあとでアイス奢れ!」


「…まあそれくらいなら別に良いけど、こんな寒い日に食べるのか…?」


「こたつで食うアイスって悪くないんだぞぉ〜」


「なるほど?でも俺の家は暫く無しで。今具合悪いやついるから。一応、周りに迷惑かけると悪いし。」


「ん、そうなの?ならしかたないか。じゃー、美柑の家で食べても良い?」


「ふえっ?」


最後の一言だけが自分の耳にしっかり聞こえてきて、思わず気の抜けた声を出してしまった。

その声を聞いて鈴はジロッと私の方を見る。


「さては話聞いてなかったなあ〜〜!!まったく。何考え込んでんだか。簡単に言うと、こ〜んなに素敵で優しい友達に心配かけたお詫びって事で、橙李の奢りでアイス食べようって話。もちろん3人でさ。どう?美柑の家行ってもいい?」


「え?は、はぁ。まあ、たまにはいいけど」


「よし決まり!じゃあ放課後2-A前集合で!!」


「俺も食うのは決定なんだな…」


「2個も3個も変わんないでしょ。ケチケチするなって。」


気づいたらものすごい勢いで今日の放課後の予定が決まっている。

それにしてもアイス?この時期に食うにはちょっと季節感皆無のような気がするが。

まぁ、いいか。鈴が楽しそうだし。


鈴は手元にあった自身のスマホの画面をぱっと明るくすると、ヤベッという顔をする。


「おっと。昼休みそろそろ終わるし教室戻るわ。んじゃ美柑、放課後ヨロ!」


「ん、もうこんな時間か。俺も戻るよ。じゃあ放課後、またな。」


気づけばそんな時間らしい。

ほとんど会話に参加していなかったが、色々と考え込んでいた為思っていた以上に時間が進んでいたようだった。


「ん、またね。2人共」




あの人達理系共、突然昼に文系クラスの私のもとに押しかけてきたかと思えば、ほぼ2人でしゃべり倒して、挙げ句の果てに放課後の予定作って帰っていきやがった。まあ私が会話に参加しなかったのは悪いとは思っているが。


学校の王子と言っても過言ではない橙李が、しかも1ヶ月ぶりに登校したあの男が、社交性ニ重丸、気まぐれな猫のようにふと目の前に現れたかと思えば消えている、ある意味では周りから顔と名前をよく知られている鈴と現れて私と昼ごはんを食べていたのだ。目立つこと目立つこと。

今まで高校2年生に上がってからそんな事されたことなかったから、押しかけられたときは内心驚き倒していたのだ。

そういえば3人で何処かに行くというのもいつぶりだったろうか。


さて、教室に漂う微妙なそわそわする空気。

普段一緒にご飯を食べている友達から、何話してたか聞かせろというオーラも見える。


今日はちょっとばかし疲れそうだ。

先を思って一つため息をつくと、空になったジュースのパックが机の上でこてりと倒れた。

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