1-1 ミカン

なんだって今日はこんなに寒いんだろう。

程々に地元では名の知れている進学校での授業が終わり、息を吐くたびに白く曇るメガネに苛立ちを覚えながら私は帰路につく。


一直線に伸びている、おそらく散々踏まれて作られたであろう雪の歩道はまるで今の自分を見ているようで、見たくもないそれを認識した瞬間、私はキュッと眉間にシワを寄せた。




私は柚木美柑ゆずきみかん。高校2年生だ。癖のないストレートの髪を低めポニーテールにし、細く丸いフレームのメガネをかけて、マスクをつけている。


制服は一般的なブレザー、といった感じで中学まで全身紺色の──控えめに言ってもダサいとしか言えないセーラー服を着ていた自分からすると、これは高校に入学してかなり嬉しい変化だったといえる。


今は冬なのでそれに加えてワインレッドのマフラーをつけ、紺色のダッフルコートを着込み、黒いもこもこの耳あてをつけることで学生なりのオシャレと防寒対策を行っている。個人的に冬つけるマスクは防寒具の一種でもあると思っている、というのは内緒だ。



個人的には可も不可もない顔立ち、といった感じでブスとまで言われる筋合いはない…と思っているのだが、あくまで主観的な意見なので曖昧な表現をせざるを得ない。

親に言わせるとかわいい系?になるらしいが正直そうですか…という感じだ。やはり自分ではわかりづらい事もある。


丸顔なのはちょっと不満なのだが、その代わり元からぱっちりとした二重だったことだけは人生少し得したな、と我ながら思っていた。



特に未来になんの希望もなく、己の人生を全て賭けるほど興味のあることも見つけられず、強いて言うならただ平穏に生きることを切に願う…まあ、正直どこにでもいるようなありきたりな、平々凡々な、本当にただの、なんの取り柄もない、一般女子高生だ。


…と、自分では思っているのだが、その辺の窓ガラスに映って見える自分の少し赤みがかった髪は目立ちたくないという私の心に反し、ぱっと見「なんかあの子怖い」のレッテルを貼るには十分な非凡さを持っていた。



染めてなんかない。母親の地毛が自分と似た色なのでただの遺伝だ。だいたいそんな事で目立ってどうするというのか。私にはなんの利点もない。


ならば黒に染めればいいのではという話だが、それはそれでどうなんだと個人的には思っている。茶色に染めることは怒られ、黒く染めることは是とされる。理不尽極まりない。


そもそも黒く染めるにはお金がかかる。所持金なんて所詮高校生の小遣い程度なのだからそんな事よりもっと自分がほしいものを買ったり、数少ない友達と遊ぶ事などに使いたかった。高校生としてエンジョイするにはそれなりに資金が必要なのだ。


そんな理由もあり、夕焼けによって赤みが増した私の髪は、いつも通りこの世界に溶け込めずにいた。




それにしたって今日は本当に寒かった。はぁと息を吐くと周りの空気が白くなり、そしてマスクの中から漏れ出た温かい空気によってメガネが曇る。イラッ。


ここは比較的北の地域で、冬になればほどほどに雪が降る。

だからまあ、この時期さして珍しいわけではないのだが、昨日の夜から昼頃にかけ、ハラハラと粉雪が降っていたのだ。

しかも今は風がやたら強い。そりゃあいつも以上に寒くも感じるわけだ。


たまには美しく広がる銀世界を見るのも悪くないが、雪の表面が溶け、つるりとした氷が顕になった瞬間、私達に牙を剥いてくる。ただ美しいままではいてくれないのが大半だ。


実のところ、この雑に作られた道も完全に溶けて蒸発するまでは地味に歩きにくい。

無数の足跡によりガタガタな状態で固まっており、歩くには絶妙にバランスが取りづらい。要するにどんだけ気をつけても滑りそうになる、というわけなのだった。


人がいる前で盛大に滑って転んだ一昨年の冬…あれはなかなか恥ずかしかった。

幸い変にからかう人も居らず、一緒にいた友達からのやや慌てたような心配の声しか聞こえなかったが、それでも思いっきりすっ転んで尻餅をついてる様子を帰路につく多くの学生に見られた。

からかわれなかったとしても多少の羞恥心くらい湧く。あんな思いをするのは二度と御免被りたい。


雪を踏む前に脇にかき分けてしまえばこんな事にはならなかったはずだが、店の前でもないただの細い道でそんな事をするのは誰だって面倒で…とりあえず誰かが踏んだところに沿って後から別の誰かが同じ所を踏み、また踏み…。


そうやってこの中途半端な道は作られる。そのほうがなんとなく楽だから、なあなあに流されて溶けてなくなるまでこの道を使っていくのだ。


ただ、他の誰かが通った同じ道を。とりあえず私も誰かの後ろをそれが安牌だから。


すでに髪以外にもいろいろな理由で目をつけられているのだ。それ以外はどうか、私はどうにか目立たないように、普通に、平穏に過ごさせてください神様。


自分にとって都合よい場面でのみ神の存在を信じ乞い願う私の脳裏をかすめる、私以上に平穏とは程遠い世界にいる一人の知り合いの顔。

いつだって彼は目立ちたくて目立ってるわけでもないのに、どんな場面にいても穏やかで、いつだって変わらない男の子。


「はぁ…」



私は。平穏を望むはずの私は。平穏とはかけ離れているはずの彼の事を、



きれいな青い目の白猫はその様子を塀の上から静かに見つめていた。

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