第26話 海の上のピアニスト
鬱鬱鬱な陰惨映画ばっかり続いたので、ここらで感動物を。
これ、とある番組で映画音楽の紹介として出てて「あっ、前に見たやつだ! これもよかったんだよな」と思いだしました。
タイトルどおり、主役はピアニスト。舞台は豪華客船。客の一人が船中で急にお産づき、赤ちゃんを産んだものの亡くなっちゃうんだったかな? もしかしたら、ただの捨て子だったかも?
とにかく、この男の子が主役。名前だけネットで調べてきましたよ。ナインティーン・ハンドレッドだそうです。長いな。略してレッドと呼びましょう。
レッドは孤児なので、そのまま、船内で船員たちに育てられました。しだいにピアノの才能を発揮し、大人になるレッド。
その間、ただの一度も船から外に出てません。ずっと海上です。船が港について、次の航海までのあいだ、クルーたちはみんな休日になって船をおりていくんですよ。このとき、レッドもカバンを持ってタラップをおりようとしたことがあったんですが、直前で怖くなってやめました。世界に果てがない感じが怖かったんだったかなぁ?
が、まあ、船上の生活だけで彼は幸せでした。船でいろんなところを旅し、ピアニストとして雇われ、客たちの前で演奏し、船のみんなとも仲よく暮らしていました。評判を聞きつけてやってきた新聞記者の男だったか。この男と出会い、その後、生涯を通しての友達になります。
恋もしました。船の乗りこんできた客のなかに、とても美しい妙齢の女性がいました。
時代背景がベルエポックごろなのか、そんな感じの服でしたね。レッドたちはスーツ姿。ピアノ弾いてるときはタキシードだったと思います。蝶ネクタイつけてね。
女性のほうもレッドに惹かれていて、甲板で見つめあって、いいふんいきに。船の外の話なんかして、「〇〇の港についたら、あなたも来ればいいわ。うちに招待するから」「おりるよ。ぜひ、君といっしょに街を歩きたい」
レッドにとって、それは大事な選択の瞬間でした。生まれたときから船の上で、ただの一度もおりたことがない。でも、このままだと、好きな娘は港でおりて、それきり二度と会えなくなってしまう。彼女と生きたい。彼女といっしょなら、陸だって怖くない。ずっといっしょにいたいんだ。
そして、彼女との明るい未来を夢見て、幸福にひたるレッド。
船の仲間たちともお別れパーティーをし、みんなに祝福されて、いよいよ、その日——
まず娘がタラップをおり、それについていこうとするレッド。だが、岸辺の手前で急に足がすくんでおりられなくなる。グルグルめまい、吐き気、動悸。どこまでも続く平地で迷いそうになる自分や、どこからも人の目が追ってくる感覚などが頭をよぎる。
けっきょく、レッドはそこからさきへふみだすことができませんでした。悲しげに港で見送る彼女。甲板からそれをながめるレッド。二人の恋は終わりました。
そのあと、レッドはときおり彼女のことを思いつつも、一生、陸へはあがらないと決意し、それまでどおりの生活をします。船のなかで年々、年を重ねていきました。地面なんてふまなくても、この船のなかで、仲間がいれば、人生は楽しい。例の記者もよくやってくるし……。
ところがです。平穏だったレッドの世界が一変する日が来るのです。
老朽化してきた客船。もう修理するよりはスクラップにして、新しく船を作ったほうがいいと運営会社が決めたのです。
最後の航海を終え、ドッグに収容される船。新しい船に乗りかえたり、この機会に陸の生活を始める仲間たち。
ところが記者は気づきました。降りた人々の名簿に、レッドの名前がないと。
記者はこのとき、どっかよその戦争だかなんだか取材してて、最後の航海に立ちあえなかったんですね。数年たってから、レッドに会いたくて探したものの、かつての仲間が誰も今のレッドの居場所を知らないと気づいたのです。また、記者だけはレッドが陸を怖がっていたことや、そのせいで失恋したことも知っていました。
「もしかしたら、レッドはまだ船にいるのかもしれない……」
廃船になった船の行方を必死に探す記者。どうにかこうにかあるドッグで解体の順番待ちに入ってることをつきとめます。しかも、もうその解体爆破の日が数日後に迫ってる!
運営会社に連絡し、まだなかに人間がいるかもしれないんだと説明。なんとか爆破前に一度だけ、記者がなかへ入ることをゆるされます。
何年も放置されて荒れた船内をけんめいに探す。
「レッド! レッド! いるんだろう? お願いだ。出てきてくれ。この船は数日後に爆破されるんだ。もうこのなかにはいられないんだよ」
すると、ようやく姿を現すレッド。彼はほんとにまだ船内に残っていたのでした。
このとき、何年も船にいたら、ひどいありさまなんじゃないの? 服なんかボロボロになってなるだろうし、お風呂も入れないだろうし……と友達と話しながら見てたんですが、出てきたレッドは意外に小綺麗。以前どおりのタキシードを大事に着て、ただちょっとアイロンはあたってませんって感じ。ヒゲもなかった。たぶん、このとき三十代なかばくらいかなぁ? まだ青年って感じだった。行ってても四十代。船内に残っていた缶詰や酒などで食いつないでいたらしい。
「レッド。ここから出よう。このままここにいたら、船といっしょに死ぬだけだ。会社は人がいようと決定をくつがえさないと言ったんだぞ」
「私は行かないよ。ここが私の世界だ。世界が終わるなら、私も運命をともにする」
「レッド!」
手をふり、船の奥へ姿を消すレッド。記者は追ったものの見失い、やがてあきらめて船を去る。
ラスト、どういう締めかただったのか忘れたんですが、レッドの回想で終わったんだか、記者の回想で終わったんだか。
記者だったような気がするんだよなぁ。
そもそも出だしも記者のモノローグから始まって「今でもあの友のことを思いだす。彼は天才ピアニストだった。だが、その名は知られていない。彼はどんな権威ある賞もとったことがなく、ニューヨークやパリの著名なコンサート会場で演奏したこともない。彼は生涯、海の上で生きた。ただの一度たりと地面をふんだことのないピアニストの話をしよう」みたいな始まりだった気がする。
なので、ラストも「それがレッドの姿を見た最後だった。爆破までのあいだ、私は必死に探したが、それきり、彼は一度も現れてはくれなかった。やがて、予定どおり船は爆破され、解体された。人間の死体が見つかったという話は聞かない。だが、彼があれほど恐れていた陸にあがったとは考えられない。きっと、船とともに眠ったのだろう。短い生涯のすべてを海上ですごした天才ピアニスト。レッドを私は忘れない。今も目を閉じると、彼の奏でた音楽が聞こえる気がする……」
みたいな終わりかただったと思う。
全体的に切なくて物悲しいお話でした。
これ、実話だったっけなぁ? さすがに、それはないか?
なんか似たような映画で、空港のなかで数年をすごした人の話があったんだよなぁ。ちょうど同じころに見たんですよ。
調べてみたところ、あった、あった。『ターミナル』2004年のアメリカ映画で、監督はなんと、スティーブン・スピルバーグ。主演トム・ハンクス。
これは飛行機で旅をしてる途中、ある空港へ乗りかえのために降りたところ、母国がクーデターで崩壊。パスポートが無効になってしまい、税関から出られなくなってしまった。戻ることも行くこともできない。
という男の人が、空港のなかで何年も暮らしながら、まわりの人たちと交流し、ようやく新しいパスポートを手に入れて旅立つまで——というような話だったと思います。チョロリと見ると恋愛もあって、ロマンスコメディって書いてある。
こっちはハッピーエンドだったので、スッキリしたのが見たいかたは、こちらをどうぞ。これも面白かったです。しかも、これは実話がモデルです。世の中には数奇な人がいるもんですね。
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