第23話 アンゲロス
こうなったら、ゲイの映画、続けて行ってしまいましょう。前の『僕のバラ色の人生』もそうなんですが、けっこうゲイ映画、見てますよね。前回にちょろっと書いた『太陽と月に背いて』は、ディカプリオがタイタニックの前の無名時代に出たやつみたいですね。ファンのあいだでは美しい、絶世の美青年と隠れた人気作のよう。
ただ、僕的には、ディカプリオがどうこうっていうより、主役のヴェルレーヌがどっちつかずで優柔不断で、ランボーと妻のあいだをフラフラして、どっちに対しても不実だし、二人に八つ当たりして、ほんとにクズ。クズ、ゲス、クズ。なので、あんまり好きになれませんでした。(あと、この時代のホモセクシャルの裁判で、ゲイかどうか調べる方法ってのが衝撃だった。たしかに、まあ、それでわかるよね……)
タイタニックを最近にテレビで見て感動しましたね。やっぱり売れるものには理由がある。
さて、本題。アンゲロス。
ほとんどの人は知らないと思います。けれ、なんと、ギリシャ映画なので。タイトルは主役の青年の名前です。僕の記憶ではアンゲラスだったんだけど、ネットで調べても出てこなかったので、ギリシャ映画アンゲラスって検索したら、やっとコレが出てきました。やっぱりタイトル覚えてるかどうかが運命のわかれめですねぇ。ちなみにアンゲロスって、ギリシャ語で天使って意味です。
監督はイエオルギオス・カタクーズィノス、だそうです。舌かみそうー。
じつは、この監督はご自身で公表されてるんですが、少年時代に性暴力にあった被害者です。教会で神父にやられたんだとか。
彼の作品は三作品見たことあるんですが、ほかの二作品もゲイの話ですし、少年が教会で神父に……という場面も映画のなかにあるので、自分の体験を作中に入れたんですね。
アンゲロスはこの監督の最初の長編映画らしいんですが、僕はこの作品が一番好きかな。最後の切なさがこれがよかった。三作ともアンハッピーエンドなんですが。映画としての完成度は三作品めが高かったかも。
で、アンゲロス。
最初、アクセサリー屋で働いていた繊細な美青年アンゲロス。ずいぶん前の映画でもあるし、今とはちょっと世情が違うかもしれないけど、この映画のなかでは、ゲイは気軽にカミングアウトできるものではないみたいだ。アンゲロスには年上の恋人がいたが、別れたばかり。たずねてきた恋人によりは戻せないと断る。
その直後、街を歩いていて、アンゲロスはバイクに乗った数人の若い男の集団に出会う。そのなかの一人、水兵のミカイルに誘われて、あれよあれよというまにつきあうことに。同居。
ちなみに、ギリシャでは徴兵制がある。なので、アンゲロスも兵隊になるんだけど、男同士でつきあってることが軍にバレて、追放。
「ゲイの兵隊だと? けがらわしい」だったかな? なんか上官にそんな罵り言葉を言われてたなぁ。
アクセサリー屋もクビに。
で、生活費をどうしようってなったときに、ミカイルが驚愕の提案をします。もともと、このちょっと前に例の元彼がやってきて「彼はプロのジゴロだよ。やめたほうがいい。きっと君は利用されるだけ利用されて、すてられるだけだ」と言っていた。ミカイルに夢中のアンゲロスは「そんなことない。もう会いに来ないで」とつきはなすけど……。
さて、ミカイルの提案。それは、女装して街角に立ち、男相手に売春する、というもの。もちろん、アンゲロスが。ミカイルは太めのマッチョなんでね。
「でも、街には危険が多いよ。ヤクザにからまれたら? ゲイを目のかたきにしてるフェミニストだっている」
「おれが守るよ。そのためにおれがいるんだ」
「ほんとに?」
「ああ。絶対。おれの命にかけてもおまえを守る」
「……わかった」
というわけで、アンゲロスは女装の男娼になって、毎晩、街角に立ちます。このとき、すごく印象に残ってる場面があります。街灯が照らすストリートを、ミニスカワンピをまといハイヒールをはいたアンゲロスが、右から左へ、左から右へ、女豹のように闊歩する姿が遠目から映されるワンシーン。細身の男の人ですが、外人さんなんで背が高くて迫力があった。
で、最初は順調に客がついて、貧しいアンゲロスがこれまで見たことない大金が一晩で稼げるように。
ミカイルは前から「ヤマハのバイクが欲しい」って言ってたんですよ。そっか。ギリシャで日本製のバイクって高級なんだ。若者の憧れだったんだなぁ。
で、誕生日だかなんだかに、アンゲロスはキーをミカイルに渡して「これがあなたの新しい愛車よ。ふりかえってみてごらんなさい」とかなんとか言ってプレゼントしてた。
このころが一番幸せな時期ですね。
ところで、アンゲロスにも家族がいます。ただし、すごくわけありの家族です。いや、すごくってほどじゃないのかな。ふつうの貧しい家なのか。
ただこの場面がほんとに衝撃で、忘れられなかったんですよね。妹役の女優さんの演技もすごかった。おばあさんの長ゼリフが、だからアンゲロスはこうなったのかなと暗示的だったし。
ほかの二作品にくらべて、この場面があることによって、ただのエロくてチープなホモセクシャル映画ではなく、重厚な社会派の文学作品に仕上がっていた。
というわけで、大金を手に入れたアンゲロスは、久々に実家に戻ります。でも同性愛が理由で軍隊を追放されたことに父親は怒り狂っていました。でも、この親父、アル中です。昼間から働きもせず飲んだくれてます。びっこひいてた気がするので、たぶん仕事中(戦争? 軍隊? おれはお国のために役目を果たしてこのザマだとか言ってたような)の事故で働けなくなったんでしょうね。
「恥知らず! 二度と帰ってくるな!」とかなんとか罵る父に、財布からお金の束を出して渡そうとするアンゲロス。
「どうやって稼いだ金だ? 男に体売って稼いだ汚い金なんか受けとらない!」とか言ってつっかえそうとする。
でも、それを母がひきとめ、「どうやって稼ごうとお金はお金だよ」とか言って父と言い争う。そのようすを見て発作を起こして泣きじゃくる妹。妹はじつは小児麻痺です。もともとの顔立ちは可愛いんだけど、車椅子で、顔や手にも麻痺があって、鬼気迫るものがあった。
父は飲みに出ていってしまう。そのあと、涙を浮かべて感謝する母。妹の髪をといてあげて、お土産に買ってきたキレイな髪飾りをつけてあげるアンゲロス。
庭に出て、おばあちゃんと二人で話すんだけど、「ノタ(妹)はアル中の種だ。女の幻だよ。ちゃんとした女になれなかった。かわいそうに。あんたたちの母さんが若いころはこのへんで一番の美人でねぇ。毎日、求婚にやってくる男がひきもきらなかったよ。村じゅうの男が恋焦がれたもんさ。あたしの若いころにそっくりだった(この家は婿養子)。女はキレイじゃなくちゃ。せっかくいい人生を送れるはずだったのにね。トニオ(父ちゃん)なんか選ぶから。あいつはやめたほうがいいって、あたしは言ったんだ。あんたの母さんなら誰でも選びほうだいだったんだから。なのに、ちょっと顔がいい男なんか選ぶから、大して働きもせずにアル中になって。そのせいで、ノタは女になれなかった。アンゲロス。あんたが女に生まれてたらよかったのにねぇ。ものすごい美人になれたはずだよ」
黙って聞くアンゲロス。貧しい家庭で、これを聞きながら育ったから、アンゲロスはこうなったのかなぁと思う。ギリシャの庶民の生活が見えて、なんとも物悲しい場面でした。
そのあたりから、なんとなく暗いふんいきが漂ってくるんですね。ストリートでは、娼婦や男娼を嫌ってる母親連中との争いが絶えなかったし、ミカイルはバイクを夢中で乗りまわして、アンゲロスをほっとくことが多い。
ある日、わりとお金持ちの客がついて、相手をしながら、「通りに立つってどんな気分?」と聞かれる。「最初はすごく楽しかったわ。毎日、違う相手と楽しめるし、お金も貰えるし。でも、このごろは飽きてきた。もう辞めたい」みたいなことを言っていた。
そのやさき、夜の通りで仕事中のアンゲロス。一人で歩いているところを襲われ、頭をなぐられて失神。朝、気がつくと、なんとゴミの集積場になげだされていた。夢の島ですね。見渡すかぎりのゴミの山に、ポツンとすてられてます。化粧もくずれて、カツラもなくしてるし、ひどいありさま。
なんとか歩いて家に帰ったアンゲロスはミカイルを責める。
「守ってくれるって言ったくせに! 嘘つき! 嘘つき!」
「うるさいな。次は守るよ。それでいいんだろ?」
「わたし、ゴミ捨て場にすてられてたのよ? ゴミ捨て場よ? どんなにみじめだったかわかる?」
「だから、悪かったって。いいから、化粧なおして通りに行けよ」
「イヤよ! わたし、もう通りには立たない!」
「なんだよ。機嫌なおせよ。こうすりゃいいんだろ?」
体でごまかそうとするミカイル。でも、アンゲロスはそのとき、ミカイルがほんとは自分を愛してないことに気づいていた。自分はお金のために利用されてるだけだと。
事が終わって立ち去ろうとするミカイルを、アンゲロスはナイフで刺し殺す。
ミカイルのセーラー服(水兵だからね)にそっと頬をよせ……fin。
純粋に愛を求めるアンゲロスの姿が悲しかったですね。
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