第17話 シェスタ



 これはフランスではなかったかもしれないけど、ヨーロッパの映画だった。監督の名前は忘れたものの、タイトルはおぼえてた。短いからね。


 シェスタとは、昼寝の意味です。日本ではピンと来ませんが、南国では昼間のもっとも暑い時間帯に昼寝をする習慣がある。会社などでも、シェスタタイムがもうけられているんだそうな。アラブとか、トルコとか、あのへんですよね。


 主役は若い女。若いと言っても、例のごとく、アラサーくらい。これ、外国映画の常識。西洋で青年と言えば、たいてい三十代。何色だったか忘れたけど、ワンピースを着てた。髪はロングではなかったな。セミロングかショート。


 真昼間、ヒロインが目をさますと、なぜか空港近くの芝生の上だった。どうやら、自分はここで昼寝をしてたらしい。なぜ、どうして、こんなところにいるのか、さっぱりわからない。記憶も少し混乱しているようだ。自分が誰なのか思いだせない。


 そばにはバッグもないし、自分の素性や身元を教えてくれるものは何もない。


 途方に暮れるものの、ずっとここにいるわけにもいかない。


 とにかく、自宅へ帰ろう。

 あるいは人に事情を話して病院か警察へつれていってもらう?


 歩きだすヒロイン。

 するとなんとなく、あたりの景色に見覚えがある気がしてきた。

 そうだ。間違いない。ここはわたしの知ってる町だ。前に仕事でこの近くまで来たかも。でも、自宅からずいぶん離れている。歩いて帰るにはそうとう遠いんだけど。


 彼女は助けてくれそうな人を探すんだが、なぜか、あたりに人影がない。あるいは、たまに見かける人に話しかけても、みんな無視して通りすぎていく。


 ときおり、突発的に変な人がやってきて耳元でわめいたり、犬にほえつかれたり、気分が悪い。妙に眠いし。


 ひたすら家にむかう。

 ふっと意識がとんだあと、次に気がつくと、比較的家の近くにまで来ていた。

 あれ? こんなにそばまで帰ってたっけ? よかった。


 と思ったら、またあの変な男がやってくる。


「おまえ、どこそこの町にいたよな?」


 彼女は相手にせず、逃げだそうとするが、男が追ってくる。意味不明の悪口をがなりたて、「おれの恋人じゃないか」などと言う。

 そんなはずはなかった。たしかに、さっき遠くの町で会ったけど、それまで一度も見たことのない男だ。


 でも、ほんとにそうだったろうか? いや、もしかしたら、どこかで会ったかも? 記憶があいまい。ぼんやりする。

 疲れてるのかも。家に帰って昼寝しよう。


 また意識を失う。

 家のすぐそばまで来てたはずなのに、おかしい。また離れてる。でも、空港ほど遠くはない。


 早く、早く。早く家に帰らないといけないのに。

 じゃないと、まにあわなくなる。


 何にまにあわなくなるんだっけ? わたしは何かをしようとしてた? そうだ。何かから逃げようとしてた。

 あの男だ。あの変な男から逃げようとしてたんだ。

 さっき逃げだした。あれよりもっと前から。

 ほんとに、わたしの恋人だったの? 別れ話がこじれたんだっけ?


「殺してやる! おまえなんか殺してやるからな! よくも、おれを裏切りやがって」


 とつぜん、怒鳴りちらす男の記憶がよみがえる。


 あいつから逃げて、家に帰れば……帰ったら何があるんだっけ?


 歩いていると、家が見えた。よかった。もうすぐだ。急いで、かけこむ。だが、その瞬間、なぜか、別の部屋にいて、あの男にベッドで犯されている。


「おまえが悪いんだ! おまえがアバズレだから!」


 首をしめられ、失神。


 また道を歩いている。

 どうして? 絶対におかしい。わたし、どうしたの? これは夢? まるで夢でも見ているみたい。

 ほんとのわたしはずっと自宅で昼寝してるんじゃ?


 と、こんな感じで、映画全編通して、ほぼ主役の視点で進行していきます。会話もほとんどないので、モノローグばっかり。切れぎれの記憶の断面が、ときどきフラッシュバックする。小説で言えば、三人称一視点ですね。映画にしては変わってる。


 ずっとヒロインの独白で最後まであらすじ書ければよかったんだけど、ほんとにシュールで、ずっと夢のなかみたいなフワフワした映画なので、ヒロインが決定的な記憶をとりもどすきっかけがなんだったのか思いだせないんですよね。


 ずっと執着してた家にようやくたどりついたときに、何かを見て思いだしたんだったか、道を歩いてるときに何かの映像が浮かんだんだったか。


 とにかく、ある瞬間、ヒロインは思いだす。


「そうだった。わたし……」


 わたし、あの男に殺されたんだった。


 そして、彼女の意識はこの旅路を逆行するように最初の空港へひきよせられ、優雅に昼寝しているような死体が俯瞰される……fin。


 たしか、男は恋人じゃなかったです。ただの通り魔かストーカー。この映画を作られたころには、ストーカーという概念はなかったんじゃないだろうか。

 もしかしたら、自宅にほんとの恋人と写した写真が飾ってあって、それを見て思いだしたんだったかも?


 家に帰りたい彼女の思いが霊になってさまよっていた。悪夢のなかをただようような、孤独を感じる、物悲しい作品でした。

 彼女、成仏できたのかな?

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