第3話 オープン・ユア・アイズ



 これはタイトルもおぼえてる。いつものように深夜帯に見た。

 けっこう有名な映画だと思います。ただし、僕が見たのはヨーロッパ版(フランスかなぁ?)です。のちに、トム・クルーズ主演で『マスク』ってタイトルで、ハリウッド映画化されている。


 マスクのほうは僕は見た……っけなぁ? 見たような気もするし、見てないような気もする。つまり、僕的には確実にもとのヨーロッパ版のほうがよかった。最後、まさかのどんでん返しに驚愕し、しかも泣けた。


 タイトルもハリウッド版、センスないなぁ……絶対、オープン・ユア・アイズのほうがいいよ。


 直訳すると、あなたの目をひらいて。まあ、『瞳をひらいて』くらいが、日本的にほどよいタイトルかな。テレビでは、オープン・ユア・アイズのままだったけど。


 さきに言っとくと、このタイトルが作品全体に深い意味を持ってます。さらに言えば、ふつうの文学っぽい恋愛物かと思ってみてたら、じつはSFだったっていうね。


 ストーリー。


 とあることころに(毎回この出だし)、とても美しく、恵まれた青年がいた。裕福な家庭に生まれ、美人の彼女もいて、人生を謳歌している。


 彼女と親友をつれ、三人で飲んだ帰り道、彼女はさきに帰り、悪酔いした親友をつれて街路を歩いている。

 親友はひそかに、主役の彼女に恋心をいだいている。自分より何かと優秀な主役にかるい嫉妬をいだいていた。


「いいよな。おまえは。美青年で。どこに行っても王者だ。女にもモテるし、男からも人気者。おまえはすべてを持ってる」

「何言ってるんだ。おまえだって美青年だよ」

「ああ。でも、おまえの次にだ。おまえがいるかぎり、おれは誰にもふりむいてもらえない」

「そんなこと言わないで、今にいい子が見つかるって」

「そうだといいけどな」


 そんなことを言って別れる二人。

 だが、その直後、主役はつっこんできた車にひかれ、昏睡状態に。


 気がつくと、彼は病院にいた。大事故で自分がずっと意識不明だったことを知る。泣いて喜ぶ彼女。複雑そうな親友。


 このとき、主役の頭部は包帯だらけ。かなりの重症で生きていることが奇跡だった。

 最初は意識が戻って、喜ぶ周囲だったが……。


 主役にはいくばくかの不安があった。手術後、包帯下の素顔を見ていないことだ。


「先生。僕の顔はどうなってるんですか? たいした傷じゃないんでしょう?」

「……」


 みたいなやりとりがあったのち、いよいよ、包帯がとれる日。

 鏡を見た主役は絶望する。そこには、めちゃくちゃに損なわれ、変わりはてた自身の顔があった。


 当時の技術力だから、損壊した顔はちょっと不自然なほど、ひどいありさまに。今の特殊メイクなら、もっとリアルに作れてたんだろう。


 金はある。命も助かった。体にほかに後遺症もなく、美しい彼女もいる……しかし、失った美貌をなげく主役。かつては世界の中心にいた王者の彼が、今では醜い顔を通りすがりの人に嘲笑われる。しだいに内にひきこもる主役。外に出るときにはゴム製のマスクをつけるように。ハリウッド版のタイトルはここから来てるんだと思う。


 ある日、励まそうとする彼女と口論になる。

「手術をすれば、きっとよくなるわ。そんなマスク外して、外へ出ましょうよ」

「もう治らないと医者が言ったんだ。こんな顔で出たって、他人にあげつらわれるだけなんだ。君だって、こんな顔になったおれなんて好きになれないだろ」

「そんなことないわ。わたしは今でも、あなたを好きよ」

「おれの金がだろ!」

「なんでそんなこと言うの、わたしは以前のあなたに戻ってもらいたいだけよ!」

「前のおれになんて戻れないんだよ! おれは一生、この顔なんだ!」


 泣きながら出ていく彼女。

 強くあたりちらしても、彼女は離れていかないと、心のどこかで信じていた主役。

 だが、その日から、彼女は彼のもとへ来なくなる。さみしくなって、会いに行くと、彼女は主役の親友(例の悪酔いしてヤキモチ妬いてた男)とキスしていた。浮気しやがってと激怒する彼に対して、親友が立ちはだかり「見ればわかるだろ。〇〇(彼女)はもう、おまえのことなんて愛してないんだよ」

 絶望にうちひしがれる主役。


 このあたりから、主役のようすが、だんだんおかしくなる。妙な夢をくりかえし見たり、白昼、変な声が聞こえることも。


「目をあけて。目をあけるのよ。〇〇(主役の名前)」


 そんな声に悩まされつつも、主役はある画期的な手術で、顔をもとに戻せるという医者(だったかな?)に出会う。大金をかけて、その方法に臨む。

 すると、あれほど傷ついて破壊されていた顔貌が、すっかりもとに戻った。


 裏切りの親友から彼女をとりもどし、幸せな日々を送る……。


 その一方で、しばしば聞こえるあの声。

 それに、事故の映像をよく見る。激しく泣き叫ぶ彼女。車で暴走する自分。大破する自動車。


 夢から覚めると、いつも彼女がいて、優しく微笑んでくれる。こんなに幸せなのに、なぜ、あんな夢を見るのか?


 しかも、しだいにあの声が強くなる。


「起きて! 目をさますのよ!」


 大破した車のなかで、血みどろになった彼女と自分の映画。


「起きて! 目をあけて!」


 ハッと覚醒した瞬間、彼はこれまで見たこともない場所にいた。すべてが白い部屋。奇妙な機械に寝かされた自分。彼をとりかこむ白衣を着た人々。


「ここは? ここはどこなんだ?」


「ここはあなたの時代より、だいぶ未来の世界です」

「未来? なんで? あの声は?」

「あの声はわたしです。あなたに目覚めてもらうよう、ずっと呼びかけていたんです」

「目覚める? おれはいったい、どうしたんだ?」

「まだ思いだせませんか? あなたの身に何が起きたのか」

「思いだせない」


 白衣の彼女がすべてを説明してくれた。

 それによると、彼が手術によって美貌をとりもどしたと思ったところからさきは、すべて夢だった。じっさいの彼は彼女にふられたことを悲嘆し、むりやり車に乗せて暴走。事故を起こして死に瀕する。だが、死にはしなかった。彼は金持ちだったので、冷凍睡眠につき、機械の見せる幸福な夢にひたっていたのだ。その機械の故障で、夢が悪夢に変わってしまった。うなされるあなたを覚醒させなければならなかった。


「あれが夢……〇〇(彼女の名前)は?」

「遠い過去のことです。とっくに亡くなっています」

「おれは、どうしたらいいんだ」

「現代の医学でなら、あなたの顔は修復可能ですよ。さあ、行きましょう」


 ラストをあんまり覚えてないんだけど、そんな感じだったと思う。未来で目が覚めてからは、おどろきでストーリーについていけなかった気がする。

 ただ、いかにも近未来的なメタリックな建物から外に出ていくラストシーンだけ、妙に目に焼きついてる。


 ある意味、ハッピーエンドのはずなんだけど、むしょうに物悲しく、切なかった。たぶん、主役の感情が涙色で終わってたんだと思う。空虚、というにふさわしいラスト。

 彼女を思って、主役が泣いたのかな?


 たぶん、ハリウッド版も見た気がするんだけど、そっちはもっと明るい終わりかただったような? もっとSF的なとこが強調されてた。でも、ほぼ覚えてない。ヨーロッパ版のほうが心情描写が丁寧で、恋愛に焦点が置かれていたぶん、心に刺さりました。


 どんでん返しも見事だったし、こういう作品の一つ一つが、書き手としての僕の引き出しの多さに貢献してくれている。

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