第8話 晴れやか引退宣言

「……という訳で龍之介、今度から女装デートはなしにしてくれ。これ以上マークされる機会を作りたくない」

「本当にごめん。ボクは女装デートすごく楽しかったんだけどコウ君に迷惑かけてたなんて知らなかった……」


 2021年9月下旬の日曜日、コウ君の実家に呼ばれたボクは彼から面倒な事情を聞いた。


 最近はいつも女装した状態でデートして貰っていたせいでコウ君は大阪市内のLGBT団体からファッションゲイとの疑いをかけられたらしく、今後は決して女装デートはしないでおこうとボクは反省した。



「それはそれとして悪い噂の件は大丈夫なの? 直接その団体に釈明しに行ったりするの?」

「そういうやり方もあるけどオレ個人としてはもうちょっと派手なやり方がいい。龍之介、ちょうど今ユーチューバーやってるよな? 里美からちょくちょく聞いててオレもこっそり見てるんだけど」


 確認のため尋ねたコウ君に僕は無言でこくこくと頷いた。



「そのチャンネルを使ってオレは世間の誤解を解く。具体的には……」

「それ、すごくいいと思う。ボクはもう顔バレは諦めてるし里美ちゃんと相談して企画立てるね。収録日が分かったらすぐ連絡するから」


 コウ君の提案を聞き、ボクはすぐさま里美ちゃんに連絡を取った。





 その1か月後、ボクは里美ちゃんのマンションでいつものようにライブ配信を行っていた。



「ハーイ、またしても私たちサリー&ドランがコスプレ姿をご披露します! 今日はめでぃエンの人気ライバルキャラクター、双子の美少女デンターファントムになりきってみました! 私、サリーは双子の姉カローラ!!」

「このボク、ドランは妹のセヴン! ミュージックはテーマソング、『アンチミュータンス:ファントム』で行きます!!」


 デンターファントムの衣装を着たボクがそう叫ぶと事前に用意した音楽が鳴り始め、ボクと里美ちゃんは自宅カラオケで練習した歌声でダークな曲調のテーマソングを熱唱した。


 次々と送られる投げ銭を受け取りつつ里美ちゃんとトークを繰り広げ、そろそろ30分間の配信が終わるという所でボクは重要な話題を切り出した。



「今日はファンの皆様に大切なお知らせがあります。このチャンネルはもともと12月中で休止する旨をお伝えしていましたが、一身上の都合によりボクは本日をもって降板させて頂くことになりました。これまで男の娘ユーチューバー、ドランを応援してくださってどうもありがとうございました」


 突然の引退宣言にコメント欄には別れを惜しむ書き込みが殺到し、ボクはその熱狂が冷めやらないうちに次なる行動に移った。



「皆様のアイドルとして過ごしてきたこれまでの生活から、ボクは一人の恋人のための生活に戻ろうと思います。どうぞ、入ってきて」


 ボクがそう言うと広い部屋の入り口からコウ君が歩いてきて、里美ちゃんはライブ配信中のカメラを手に持つとそれをボクとコウ君に向けた。


 デンターファントム・セヴンの衣装を着たボクとスーツ姿のコウ君が並び立つ映像にコメント欄は驚きの書き込みであふれかえる。



「ファンの皆様、これまで応援ありがとう! ボクはこの人と2人で幸せになります!!」


 そう叫ぶとボクはコウ君の手を引いて部屋を出ていき、この瞬間にボクのユーチューバー生活は終わりを迎えた。

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