第5話 気分は家庭用カラオケ

 それはそれとしてカラオケボックスではクラスターはほぼ全く発生しないし他の客と会話する機会も皆無に近いので一人カラオケならば新型コロナウイルスに感染するリスクは限りなくゼロに近いのだが、これもコロナ禍が長期化してから分かったことである。


 2020年5月当時はカラオケボックスの安全性はまだ確認されていなかったし、僕自身大学の対面授業が再開されてもしばらくは利用を控えようと考えていた。


 カラオケ愛好家である壬生川さんの悲しみは僕にも想像できたが、ともかくこういう状況では諦めるしかないだろう。



『だってあたしカラオケが再開されたらすぐ歌おうって思って沢山新曲を覚えたのよ? もう数十曲はストックがあるのに、カラオケに行けないんじゃ意味がないじゃない』

「そうだねえ、自宅にカラオケの機械を置く訳にもいかないし。……あっ、自宅でカラオケ? そういえば……」

『なになに? 塔也、何かいいアイディアがあるの?』


 自宅でカラオケという言葉を口にした瞬間、僕の脳内に昔の記憶が蘇ってきた。



「小学生の頃にヨンテンドーの『Viiヴィー』っていうゲーム機で遊んでたんだけど、ゲーム機に専用のマイクをつないで自宅でカラオケができたんだよ。あの頃は家族で何か月か歌ってみて飽きたけど、今はもっと性能がいいゲーム機でカラオケができるんじゃない? ヨンテンドージョイッチとかプレイステイブル4とかがいいと思う」

『ちょっと調べてみるわね。……あら、ゲーム機にカラオケのアプリをインストールして月額料金を払えば歌えるみたい! それもせいぜい月1100円!!』


 壬生川さんは画面の向こうでゲーム機でのカラオケについて検索したらしく、自宅でカラオケができるという話に目を輝かせていた。



『あたし昔からゲームやる習慣なかったから新しく買わないといけないけど、本体とマイクだけなら買って貰えそう! ありがとう塔也、早速お父さんとお母さんに相談するから』

「OK、頑張ってね。……あ、切れた」


 壬生川さんは僕にお礼を言うとさっさとDoomミーティングを切断し、今頃は大喜びでご両親にゲーム機をねだっているのだろうと思った。



 後で聞いた所によると壬生川さんが自分でリサーチした結果、自宅でカラオケをするならプレイステイブル4一択という結論に至ったらしい。


 その当時はまだ新型ゲーム機扱いでコロナ禍に伴う需要増大で売り切れが続出していたヨンテンドージョイッチはそもそも定価で購入できないし、壬生川さんが好んでいるカラオケ機種である「ライジングD」のアプリはジョイッチには対応していなかった。


 プレイステイブル4は2013年発売なので需要は既に落ち着いており、2020年に新型のプレイステイブル5の発売も控えていたので定価で問題なく購入できる状況だった。


 ゲームソフトのラインナップは大きく異なるが、純粋なマシンスペックはジョイッチよりもプレイステイブル4の方が高いのでカラオケをするためだけに買うならプレイステイブル4を選ぶのが最適解だった。



 カラオケボックスに行かないと約束する代わりに自宅でカラオケをできるようにして欲しいという壬生川さんのお願いをご両親は快諾し、それからすぐに壬生川さんの自宅には新品のプレイステイブル4と有線接続のマイクが届いた。


 その日から壬生川さんは自宅でのカラオケを満喫する日々を送り始め……



『ごめん塔也、あたしゲーム機って人生で一度も触ったことないから今度うちに来て接続とか初期設定とかやってくれない?』

「ええっ、流石にそれは自分でできるんじゃない? 壬生川さんスマホもタブレットも使ってるし」

『だって下手にいじって壊したら親に怒られるし、定価でも3万円以上したからあたしもちょっと怖いの……』


 送り始めたのだと思っていたら、次にDoomミーティングで話した時にそう言われた。


 壬生川さんはこれまでの人生でゲーム機を友達に遊ばせて貰ったことはあるらしいが自分のものとして扱ったことがなく、テレビへの接続や初期設定に関しては公式サイトの説明書を見てもさっぱり分からなかったらしい。


 ご両親も数年前までフィーチャーフォンを使っていたほどには機械類に詳しくなく、壬生川さんは高価なゲーム機を一人で開封するのが怖いと話していた。

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