第3話 気分はもうカラオケ

 それから30分ほど経つとインターホンが鳴り、恵治さんは近所にある地元のお寿司屋さんからデリバリーで届いた豪華なお寿司のセットを持ってきてくれた。


 お寿司だけでは栄養が偏るということで理香子さんの得意料理であるチョレギサラダも食卓に用意され、僕と壬生川さんとご両親は歓談しつつ昼食を取った。


 恵治さんも理香子さんも口調からしてただの親御さんではないが壬生川さんの家庭環境はとても円満なようで、両親ともに一人娘を溺愛できあいしているということは伝わってきた。


 壬生川さんは一人っ子であり歳の近い親戚ともほとんど交流がないらしく、女子バスケ部にしか入っていないせいで大学でもあまり友達は多くないが、ご両親からも祖父母からも愛されている彼女はそれだけで十分すぎるほど幸せだろうと思った。



「じゃあそろそろ塔也連れてくから。音がうるさかったら後で教えて」

「OKOK。熱々カップルの邪魔はしないようにするわねえ」


 食事を終えると壬生川さんは両親に一声かけて食卓を立ち、僕も彼女の後に付いて2階へと続く階段を上った。


 階段を上がってすぐ左にある部屋が壬生川さんの自室らしく、ドアにかかっているプレートには女の子らしい字で「ERI」と書かれていた。



「どうぞ入って。ちゃんと綺麗にしてあるから」

「ありがとう。へえー、結構広いんだね」


 人生で初めて入った壬生川さんの部屋はざっと見て8帖ぐらいの広さがあり、この部屋だけでも僕の下宿のワンルームより広そうだった。


 室内は全体的に整えられていて壁のポスターや人形などもなく、もう大学生とはいえ女の子の部屋にしてはシンプルなインテリアだと思った。


 セミダブルベッドに腰かけた彼女に合わせて、僕もその隣に腰を下ろす。



「今更だけど、今日は久々にあんたとゆっくり過ごせて嬉しい。対面授業も部活もないしSNSもやってないから大学の友達との交流が全然なくて。……いや、そういうことじゃなくて、あたしは塔也に会いたかったの」


 僕の顔を真っすぐ見つめて言った壬生川さんの姿に、僕の心拍数は急上昇した。


 思わず彼女の身体を抱きしめそうになった瞬間、壬生川さんは自分から両手を突き出すと僕の両肩をつかんだ。


 手のひらを通じて彼女の体温が伝わり、僕の視線は彼女の唇と胸元に集中する。



「だけどね、それ以上に。そのことより……」

「にゅ、壬生川さん……」


 これはいけない。今は1階に彼女のご両親がいる。


 だけど、据え膳食わぬは何とやらという言葉も……




「カ・ラ・オ・ケ!! カラオケがしたいのよ! 勉強より部活より恋愛よりカラオケ!! もう我慢できないのっ!!」

「ですよねー……」


 彼女はこういうキャラクターである。



 勉強机の上に鎮座している新品の据置型ゲーム機「プレイステイブル4」を見ながら、今日はどうにもロマンチックな雰囲気にはならなそうだと僕は直感した。

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