第2話 気分は模範解答

 理香子さんに促されて4人掛けのテーブルの椅子の一つに腰かけると、僕の隣には壬生川さんが座った。


 僕の向かい側に恵治さん、壬生川さんの向かい側に理香子さんが座る形となり、そのまま会話が始まる。



「それにしても今日はよく来てくれたね。恵理に彼氏ができたって聞いた時から早いとこ顔を見たかったんだけど、何分コロナ禍でそういう訳にもいかなかったからさ。プロフィールは大体聞いてるけど、白神君も研究医生なんだって?」

「ええ、そうです。病理学教室に所属していて、恵理さんとも学生研究の縁で知り合いました」

「そうかいそうかい。同じ研究医志望なら話も合うだろうし、卒後のキャリアが近いのもいいことだろう。部活とか趣味は何だい?」

「部活は中学生の頃から剣道部だったんですけど、今は色々あって文芸研究会です。趣味はテレビドラマ鑑賞で……」


 理香子さんは話題をリードして僕のプロフィールを聞き取り、全体として好意的な反応を示してくれていた。



「いやー、でも恵理が初恋の男子と大学で再会するなんて何度聞いてもドラマティックよねえ。あの頃の恵理は地味子ちゃんだったけど、今はスーパーウルトラ美人女子大生だもんねえ。その恵理が惚れるんだから彼氏くんには何かすごい秘密があるんでしょう? ねえねえ、どう?」


 うっとりしつつ娘に彼氏の魅力を訪ねた恵治さんに、壬生川さんは少し考えてから、



「塔也は……まあ、普通ね。顔は普通、性格も普通、学力も医学生としては普通。運動は多少できるかしら? で、これはあたしも似たようなものだけど私立医大の学生なのに割と庶民。塔也に普通じゃない要素ってあるのかしらっていうぐらい、まあ普通だと思う」


 ひたすら「普通」を連発し、僕は事実ではあるもののいたたまれない気持ちになった。


 しかし、彼女の言葉はそこで終わっていなかった。



「だけどあたし、全体として普通って言い切れる人ってかなり貴重だと思うの。顔や性格がよくても能力がない人とか才能があるけど性格に問題がある人とかほとんど何のとりえもないような人だって世の中には沢山いるから、ほとんどの点で普通っていうのは十分に褒め言葉になると思う。あたしは顔は綺麗だって言われるけど性格はきついし勉強も頑張らないと人並みにできないし、プロフィールは長所と短所ばっかり。だから、塔也のことを好きになったのかも」


 僕のことを好きになった理由を冷静に分析して述べると、壬生川さんは少しだけ頬を赤らめた。



「ある意味、割れ鍋にじ蓋っていうやつなのかも知れないね。さーて、惚気のろけ話が済んだ所で私はちょいと料理をしてくるよ。メインディッシュは後でデリバリーで届くからサラダだけこしらえる。白神君は男同士で話でもしといてくんな」

「あたしはあれを開封したいから、ご飯が届いたら下りてくるわ。じゃ、ちょっと失礼」


 理香子さんはサラダを作るためキッチンに行き、壬生川さんは今日ここに来た理由である例のものを開封しに行った。


 そのままリビングに残された僕に、恵治さんは壬生川さんが部屋を出たことを確認してから話しかけた。



「いやあ、さっきは感動ものだったわねえ。……それはそれとして、白神君」

「あ、はい」


 その瞬間に恵治さんはなよなよした雰囲気から厳粛な雰囲気に豹変ひょうへんし、おそらく真剣な話をするつもりなのだろうと察して僕は身構えた。



「恵理が君を好きになった理由はよく分かったんだけど、君が恵理を愛している理由をまだ聞いてないのよねえ。説明してくれる?」

「もちろんです。えーと、恵理さんは一見性格がきついようでその実は気配りのできる思いやりに溢れた女の子で、何よりも面倒見のいい所が素晴らしいです。彼女は気の弱い僕をいつも引っ張ってくれる存在で、僕はいつも恵理さんに支えられています」


 こういう質問が来ることは想定しており、僕は準備していた模範解答を述べた。



「なるほどねえ……お上手。本当にお上手。君、恵理の外見のことは一言も言わなかったねえ」

「ああ、もちろんルックスも大好きですよ。誰よりも美人ですし……ええ、美人です」


 美人は美人としか言いようがないよな……と考えて答えると、恵治さんは僕をきっとにらみつけた。



「言葉を濁すんじゃないの! 君、恵理のおっぱいが好きなんでしょう!? そうに決まってる、だって恵理を見る時まず胸から見てるじゃない!」

「ええっ!? いやまあ好きですけど、それだけが好きな訳ないですよ。顔と中身が伴わないと……」

「その言い方だと中身だけじゃ十分条件になってないじゃない! ああやっぱりそうなのね、結局はルックスであだっ!!」


 数学用語を用いつつ僕を責め立てていた恵治さんだが、後方から近寄ってきた理香子さんは夫の頭にゲンコツを食らわせた。



「いい年した男が女言葉でまくしたてるんじゃないよ。……ところで白神君、避妊はしてるんだろうね?」

「ちゃんとやってます! 必ず気を付けてます!!」

「そうか、ならそれでいい。将来は医者だから出来婚してもどうにかなるとか思ってるんなら君にもゲンコツだかんね」

「そうそう! うちの娘を傷物にしたなら責任を取るの!!」

「ええ、もちろんです……」


 この問題については昨年12月にお会いした壬生川さんの祖父からもまったく同じことを言われており、僕は今後も男の義務を果たそうと思った。

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