第7話 さっちゃんのOSCE教室 医療面接・頭頸部編

 【OSCEオスキー課題その1 医療面接】


 かつて「問診」と呼ばれた医療行為は、現在では病歴聴取だけでなく患者さんとのコミュニケーションも重視する意味で「医療面接」と表現されることが多くなっています。


 患者さんのお話を傾聴し、要点を押さえて受診のきっかけや症状についての情報を引き出すコツは医学生のうちから理解しておくことが求められるのです。



「……それでは診察の前にいくつかお話を聞かせて頂きます。佐藤さん、今日はどのようなことでおいでになりましたか」

「昨日の夕方からお腹が痛むので、お医者さんに見て貰いたいと思ってここに来ました」


 寝室のベッドに腰かけて、私は患者さん役のヤミ子を相手に医療面接の練習を始めていた。


 OSCEでは患者さんの名前は「田中太郎」「佐藤花子」といった公的文書の見本のような氏名で表現されるので、今もそれに合わせている。



「お腹のどの辺りが痛みますか? あと、痛みはどのくらいのものでしょうか。全く痛くない状態を0、ものすごく痛い状態を10として10段階評価で教えてください」

「みぞおちの辺りが痛みます。痛さは10段階なら4ぐらいです」


 OSCEにおける医療面接は患者さんが医療関係者でないことを前提に行われるので、「みぞおち(=上腹部の中央)」「とこずれ(=褥瘡じょくそう)」「鳥目(=夜盲症)」といった医療用語の俗称は把握しておかなければならない。


 Pre-CC OSCEの段階では患者さんに十分な医療面接を行えるかどうかのみが問われ、医療面接の結果に応じて何らかの決定をする必要はないけど、今のうちから症候をもとに疾患を考える習慣は身に付けておきたいと思った。


 医療面接の練習は問題なく終わり、その後は私が患者さん役になってヤミ子も無事に練習を終えた。



「医療面接は問題なさそうだね。じゃあ、次頭頸部とうけいぶやろっか。私また患者さんやるね」

「OK、よろしく」


 頭頸部の診察は真正面から向かい合わないと難しいと考え、私はベッドから立ち上がると寝室に1つだけある椅子を動かした。


 椅子にゆっくりと腰かけ、ダブルベッドに腰かけているヤミ子と向かい合う。



 【OSCE課題その2 頭頸部】


 ここからはいわゆる身体診察の項目が続きます。


 身体診察とは患者さんの状態を医師が五感を用いて調べるもので、一般に視診・聴診・触診・打診の4種類があります。



 現代の医療ではX線撮影やCTコンピュータ断層撮影等の放射線検査や磁力を用いるMRI磁気共鳴画像検査、心電図や内視鏡といった科学技術を応用した様々な検査法が実用化されており、どのような疾患でも最終的な診断はこれらの高度な検査法に基づいて行う場合が多いです。


 一方、身体診察にはこういった検査法に比べて「簡便に行える」「費用がかからない」「患者さんへの侵襲が少ない」といった様々な利点があり、熟練した医師であれば医療面接と身体診察のみでメジャーな疾患の大半を診断できると言われています。


 また、一人の患者さんにX線、CT、MRI、心電図、内視鏡といった高度な検査法を全て施行することは患者さんへの侵襲やかかる費用の面から現実的ではなく、臨床の現場では身体診察の結果に応じて必要最低限の高度な検査をオーダーすることが一般的です。


 「CTやMRIが実用化された現在では身体診察は時代遅れ」という認識は誤っており、むしろ「CTやMRIを効果的に使用するためには身体診察をより正確かつ入念に行う必要がある」のです。



「それでは眼の診察を行います。眼の下の部分を指で押さえますので、痛みがあれば教えてください」

「はーい」


 ベッドに腰かけているヤミ子の両眼の下部を両手の親指で押さえ、下眼瞼かがんけんを押し下げる。



「このまま上の方を見てください。……はい、次は眼の上の部分を押さえます」


 そのまま眼瞼結膜と眼球結膜に異常がないかを確かめ、眼の視診が終わると耳の視診に移った。


 耳鏡じきょうは個人では用意できないので外耳道と鼓膜の検査は飛ばし、そのまま鼻・副鼻腔の診察と口唇・口腔・咽頭の診察を行った。



「では、頭のリンパ節の触診を行います。痛みがあれば教えてください」

「分かりました」


 椅子から立ち上がり、ヤミ子の後頭部に両手を回してリンパ節の触診を始める。


 ヤミ子のトレードマークであるボブカットは今日も綺麗で、間近で見た頭部の肌も荒れることなくすべすべしていた。


 普段はこんな所をまじまじ見ることはないので、ヤミ子のあごや首を指先で押さえながら私は内心ドキドキしていた。



 OSCEの練習はそれからも順調に続く、はずだったのだけど……

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