第3話 愛情の心拍数

 夕食後は私が食器とお風呂を洗い、ヤミ子はその間ソファに腰かけて民放の音楽番組を観ていた。


 お風呂にお湯を張るとまずは私が入浴をして、その後にヤミ子がお風呂に入る。


 ヤミ子がお風呂に入っている間、私はテレビにつないである家庭用機のゲームで少しだけ遊ぶ。


 2人で一緒にお風呂に入ることもあるけど浴槽はそこまで広くないし自動湯沸かし器もないので普段は1人ずつ済ませていた。



 そしてヤミ子がお風呂から出てくると、私たちは現在放映されているテレビドラマを一緒に鑑賞する。


 女性警察官を主人公とする交番が舞台のドラマは放映が始まったばかりで、私もヤミ子も原作コミックを読んでいたので放映前から楽しみにしていた。


 ソファに並んで腰かけて私からヤミ子に身体を密着させたまま、私たちはテレビドラマを1話見終えた。


 お互い実習の課題や進級試験の勉強、そして学生研究とやらなければならないことは山ほどあるけど、どんな時でも趣味の時間は確保するようにしていた。



 それから私は和室に戻り、ヤミ子はLDKの一画にあるデスクでパソコンを起動した。


 バーチャルスライドのソフトを開いてヤミ子は今日も自分の学生研究に打ち込んでいる。


 LDKと和室の他には5帖の洋室があるけどこの部屋はダブルベッドで埋まっているため、ヤミ子はLDKの一画を自分のスペースにしてくれていた。


 いつかお互い医師になってもっと高級なマンションに引っ越すことになったら、その時はヤミ子にも自分の部屋があればいいなと思った。



「さっちゃん、そろそろ私寝るね。……今日は、そういうことする?」

「昨日したから今日はいいよ。でも、添い寝しよう」

「りょーかい。エアコン効かせとくね」


 時刻が24時近くになってヤミ子は先に寝室に入った。


 私自身今は疲れているし、アセクシャルであり本来は性行為に関心のないヤミ子を毎日付き合わせるのは申し訳ないので今日は添い寝するだけ。


 私が身体を求めてもヤミ子は絶対に拒否感を示さないけど、それでも私は彼女に無理をさせたくなかった。



 歯を磨いてから私も寝室に入り、スマートフォンのアラームをセットしてから照明を消す。


 ダブルベッドの布団に潜り込むと私はヤミ子と真正面から抱き合った。


 ヤミ子のほどよいサイズの胸に顔をうずめ、寝間着の上から感触を楽しむ。



「さっちゃん、今日は結構ガツガツしてるね。何か辛いことでもあったの?」

「そんなことないよ。……でも、実習が長かったからヤミ子に癒して欲しかった」

「なるほどねー。じゃあ思いっきり甘えていいよ。私もぎゅっとするね」


 ベッドの中で抱き合ったまま私はずっとヤミ子の胸に顔を埋めていた。


 ヤミ子も私の身体に回した両腕に力を込めて、私の上半身はヤミ子の身体により強く押し当てられる。


 自分の顔を通じてヤミ子の心音を感じながら、私は無意識に彼女の心拍数を計測していた。



 15秒値から推算した心拍数は1分間当たり64回で、やはりヤミ子はこの状況に興奮してはいないのだと思った。


 だからこそ彼女はアセクシャルなのだし、だからといって彼女が私を愛していない訳ではない。


 こういう状況で心拍数を計測してしまった自分に今日の実習で坂崎さんに聴診を行った体験も重なり、私の中に懐かしい記憶が蘇ってきた。



 そう、それはOSCEオスキー


 医学生が臨床実習に臨むための技能を問う実技試験で、私とヤミ子をはじめとする現5回生は2020年11月にこの試験を受けた。


 現代日本の医学生はOSCEに合格しなければ臨床実習に参加できないのでOSCEは事実上の進級試験としても機能しているけど、この大学では伝統的にOSCEに落ちただけで留年する学生はいない。


 臨床実習に臨むための知識を問うCBTにさえ合格していればどんな学生でも最終的には5回生になれるのがこの大学の常識だった。


 それでもOSCEの本試験で不合格になれば合格するまで何度も再試を受ける必要があるので、医学生たちは必死で練習を重ねる。



 私たちのOSCE合格体験記を語るには、まずは私とヤミ子が同棲を始めるまでの話をしなければならない。

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