用語集(おまけコーナー)

用語集1-1 医学部用語(制度編)

※用語集はおまけコーナーです。読まなくても物語の理解には差し支えありません。

※特に断りがない場合、この用語集の内容は作中の設定ではなく現実に準拠しています。

※用語集に含まれる情報は2023年3月時点のものであり、現行の制度とは一致していない場合があります。



・医学部


 医学部医学科を指して「医学部」と呼ぶ人が多いですが、医学部の下に看護学科や保健学科が置かれている大学も多いため本来は「医学科」と呼ぶのが正しいです。

 『気分は基礎医学』作中に登場する畿内医科大学には「医学部医学科」と「看護学部看護学科」がありますが、実際の大学には「医学部看護学科」「医学部保健学科」といった学部学科も存在します。一方で医学科は例外なく医学部の下に置かれているため医学生は必ず医学部生でもありますが医学部生は必ずしも医学生ではありません。


・医学科


 6年制で医師を養成する学科であり、1学年の在籍者数はどこの大学でも100名程度です。医学部医学科の1学年が70名程度しかいない大学や140名程度もいる大学も一部にありますが、それでも100名前後という範囲は逸脱しないため概ね1学年100名と考えて問題ありません。

 入学定員の少なさと卒後の収入の安定に加えて近年では医学部受験ブームが生じ、入試難度が最も低い大学でも偏差値60以上という状態が続いています。


・大学院医学研究科


 医学部医学科を卒業して医師国家試験に合格すれば医師免許を与えられ、その後に2年間の初期臨床研修を修了すれば臨床医として働けますがさらに学位取得のために4年制(博士課程)の大学院に進学する人も多いです。

 大学院に入学するタイミングに決まりはありませんが、よくある例として初期臨床研修の2年目に大学院に入学し3年間の後期臨床研修の修了と同時に大学院を卒業するというスケジュールがあります。

 注意点として、大学院医学研究科には医学科を出ていなくても6年制大学(歯学部・薬学部・獣医学部)卒業またはそれに相当する人なら入学できます。

 そのため博士(医学)を取得している人(昔の呼び方では医学博士)は必ずしも医師とは限らない点に注意が必要です。具体的にはマスメディアに登場するコメンテーター等で「医学博士」とだけ名乗っている人は医師免許を持っていない場合が多いです。


・臨床研修


 かつての日本では医学部医学科を卒業して医師国家試験に合格すれば(=医師免許を取得すれば)すぐさま臨床医として働くことができましたが、2004年から施行された新医師臨床研修制度により2023年現在では医師免許取得後に2年間の初期臨床研修を修了しなければ臨床医として働けません。(基礎医学・社会医学の研究のみに従事したい場合など、診療に関与しない医師となる場合は臨床研修を受けないという選択肢もあります)

 法令上は初期臨床研修を修了した時点で診療に従事する資格が与えられますが多くの医師はそのまま3年間の後期臨床研修に移り、その中で専門とする診療科についての知識・技能を身に着けていきます。一般に初期臨床研修を受けている医師は「研修医」、後期臨床研修を受けている医師は「レジデント」もしくは「専修医」と呼ばれます。

 臨床研修は初期と後期を合わせて5年間に及び、後期臨床研修を修了するまでは一人前の医師と見なされないため医師という職業は現役で医学部医学科に進学したとしても高校卒業まで18年間+大学6年間+臨床研修5年間=29歳になってようやく一人前になれるという過酷なシステムになっています。


・単科医大


 本来は医学部医学科しかない大学を指しますが、実際には看護学部や保健学部が併設されていても単科医大と呼ばれる場合が多いです。単科医大はたいてい「○○医科大学」という名前なので医科大学とほぼ同義とも言えますが、東京医科歯科大学・大阪医科薬科大学・東北医科薬科大学といった大学は医科大学として扱われるものの単科医大ではないので厳密には異なっています。

 単科医大の多くは私立医大ですが、札幌医科大学・浜松医科大学・滋賀医科大学など国公立の単科医大も存在します。

 学生数・キャンパスライフ・人脈などあらゆる点で小規模になりがちですがアットホーム感は強いです。


・総合大学の医学部医学科


 多くの国公立大学に加えて慶應大学・日本大学・近畿大学・福岡大学など一部の私立大学が該当します。

 医療系でない学部とも協力して研究を行える場合もありますが、医学部だけキャンパスごと隔離され事実上は単科医大と変わらない大学も多いです。


・医学部医学科の受験


 国公立大学だと英語・数学・理科2科目(物理・化学・生物から選択)・国語・社会1科目の、私立大学だと英語・数学・理科2科目(同上)の学習が必要になります。ただし私立大学でも共通テストの成績で合否が決まる「共通テスト利用入試」では国公立大学と同様の科目の学習が必要となる場合があります。

 国公立大学では共通テスト85%、二次試験70%の得点率が合格ラインの目安となります。

 私立大学の一般入試の合格ラインは大学によって大きく異なりますが、共通テスト利用入試では88%程度の得点率が必要となる場合も多いです。


・医学部医学科の学費


 国公立大学では基本的にどこでも大差なく6年間で400万円~500万円程度です。

 私立大学では大学の人気や立地、附属病院の経営状況で変動し、2000万円~4500万円程度と大きな幅があります。

 一般に私立大学の医学部医学科の偏差値と学費は反比例しますが例外も多いです。具体的には首都圏にある私立大学は競合する大学が非常に多いため学費が2000万円程度と安くても偏差値があまり高くならない場合がある一方、近畿圏や東海圏にある私立大学は競合相手が少ないため学費が3000万円程度と高くても偏差値が高くなる傾向にあります。

 とは言え私立大学の医学部医学科は学費を大幅に下げればほぼ必ず偏差値が上がる(≒学生の水準が向上する)ため、全国各地の医学部医学科を持つ私立大学は法人の順調な経営を維持しつついかに学費を抑えるかにいつも頭を悩ませています。


・医学部医学科の入試制度


 基本的には通常の国公立大学・私立大学の入試と同様ですが医学部医学科は理系の大学であると同時に医師を養成する職業訓練校でもあるため「地域枠」「研究者枠」といった別枠が設けられていたり私立大学の出願コースが複雑怪奇であったりという点で違いがあります。以下に国公立と私立に分けて大まかに入試制度を説明します。


・国公立大学医学部医学科の入試制度


 基本的な出願コースとして前期一般入試と後期一般入試があり、どちらも共通テストと二次試験の総合得点で合否が決まりそれぞれ1校ずつしか出願できないという点は通常の大学と同様です。ただし医学部医学科では医師として明らかに不適格な人物はそもそも入学させるべきではないという理由から全ての大学で面接試験が実施されており、一部の大学では小論文試験も課されます。この点は私立大学でも同様であり、現在の日本で医学部医学科を志望する受験生は必ず面接試験への対応が必要となります。

 一般入試以外には学校推薦型選抜(かつての推薦入試)や総合型選抜(かつてのAO入試)があり、これらの出願コースでは共通テストの成績に加えて調査書・面接・小論文等に基づいて合否が決まることが一般的です。私立大学と異なり「共通テスト+面接+小論文」のみで合否が決まる(=調査書など高校在学中の評価が介在しない)共通テスト利用入試は一般に設けられていません。

 ここまでは通常の大学と同様ですが、国公立大学医学部医学科の最大の特徴は「地域枠」の存在です。詳しくは後述しますが地域枠とは都市部への医師偏在による地方・僻地の医師不足を解消するために設けられている出願コースであり、地域枠では入試で優遇を受けたり入学後の学費が減免されたりといったメリットの代償として卒後一定の期間に特定の地域で臨床医として勤務する義務があります。ここ10年ほどの日本では原則として地域枠に限定して医学部医学科の定員増加が認められてきた上に一般入試枠の一部を地域枠に振り分ける動きもあり、北海道や四国といった地方の大学では医学部医学科の定員の半数以上(概ね50名以上)を地域枠が占めていることさえあります。地域枠の存在により現在生じている問題点に関しては別項で述べます。

 もう一つの特徴として近年の日本では国公立大学医学部医学科で後期一般入試を廃止する動きが進んでおり、学校推薦型選抜や総合型選抜を受験できない受験生は前期一般入試での一発勝負にならざるを得ない傾向にあります。居住している地域によっては通学可能な範囲に後期一般入試のある国公立大学医学部医学科が一つもない場合さえあり、私立大学を併願できない医学部医学科受験生は非常に苦しい立場に追い込まれています。


・私立大学医学部医学科の入試制度


 基本的な出願コースとして前期一般入試と後期一般入試がある点は国公立大学と同様ですが、私立大学の一般入試には共通テストの点数は加味されず大学独自のペーパーテスト(国公立大学の二次試験に相当)の点数と面接試験・小論文試験の結果で合否が決まります。その他に学校推薦型選抜や総合型選抜がある点は同様ですが、私立大学では学校推薦型選抜等で共通テストを課さず大学独自の学力試験で選抜を行う場合があります。国公立大学では原則として設置できない指定校推薦入試も一部の私立大学では医学部医学科に設置されており、特に川崎医科大学や東海大学といった附属高校を保有する大学の医学部医学科には指定校推薦枠が設けられていることが多いです。

 これらに加えて先述した共通テスト利用入試があり、難関国公立大学を併願する受験生(=共通テストでの高得点が見込まれる受験生)は一般入試に加えて共通テスト利用入試で私立大学への合格を確保しておくという戦略を取る場合が多いです。国公立大学の項目で少し述べた地域枠は私立大学にもありますが、国策として設置されている国公立大学の地域枠と異なり私立大学の地域枠は学校法人と大学が所在する地域との相互協力により設置されているため人数は3名から多くても20名程度と国公立大学の地域枠と比べて小規模です。また、一部の私立大学には卒後に大学で基礎医学系・社会医学系の研究者として勤務することを条件として地域枠に準じた入試での優遇や入学後の学費減免を行う「研究者枠」も設置されており、『気分は基礎医学』作中に登場する「研究医養成コース」は舞台である畿内医科大学のモデルとなった大学にかつて存在した研究者枠をモデルとしています。

 上記のように私立大学医学部医学科の出願コースは複雑怪奇と言うほかなく、全て列挙すると「前期一般入試」「後期一般入試」「共通テスト利用入試」「学校推薦型選抜」「総合型選抜」「指定校推薦入試」「地域枠」「研究者枠」となる上に総合型選抜が「専願制」「併願制」と分かれていたり共通テスト利用入試も前期・後期に分かれていたりする場合さえあります。1校の受験だけでもこれだけ複雑怪奇であるにも関わらず私立大学は国公立大学と異なり理論上は何校でも併願可能であり、複数校を受験する受験生のスケジュール管理がどれだけ大変になるかは言うまでもありません。ちなみに医学部医学科の受験生のうち特に私立大学専願の受験生は少なくとも5~6校を併願するのが一般的とされており、10校以上に出願する受験生も例年存在します。


・地域枠


 一部の旧帝国大学を除いたほぼ全ての国公立大学と多くの私立大学に存在する出願コースで、先述した通り入試での優遇や入学後の学費減免と引き換えに大学卒業後一定の期間(一般的には8~10年前後)その大学のある地域で勤務することが義務となります。学費減免により国公立大学では学費が実質無料、私立大学では半額以下で済む場合もあり、一般入試とは別枠で合否判定される関係上入試難度も低いため近年では「卒後の義務さえ果たせば簡単に入学できて安く通学できるお得な枠」として医学部医学科の地域枠を受験する受験生も多いです。

 地域枠は厳密には二通り存在し、日本全国どこからでも受験できる地域枠とその大学が所在する地域の受験生しか受験できない地域枠(地元出身者枠、狭義の地域枠)があります。どちらも卒後の義務は同様ですが地元出身者枠は当然受験生の母集団が小さくなるため、必然的に入試難度は大幅に低下します。


・地域枠の弊害


 医学部医学科の地域枠が定着していく中でそれに伴う数々の弊害も明らかになっています。国公立大学医学部医学科の合格ラインは先述した通り共通テスト85%、二次試験70%の得点率ですが地域枠では一般に二次試験が課されない上に共通テストで必要となる得点率も一般入試より低い場合が多く、上述した地元出身者枠では共通テスト70%台前半かつ二次試験なしで国公立大学の医学部医学科に入学できてしまう事例さえ報告されています。一般入試で入学した学生と比べると学力水準が圧倒的に低くなるため、地域枠の中でも特に地元出身者枠は大学生の深刻な学力低下が懸念されています。

 また、地域枠は受験資格を現役~一浪に制限している場合が多いため受験生は18歳や19歳で地域枠での大学入学を決断することになりますが、医学や医療についてほぼ全く知らない状態で入学した医学生が在学中に都市部で働きたくなったり基礎医学研究に従事したくなったりしても地域枠である限りは実現がかなり難しいという問題も生じています。以前は一定の費用を支払えば地域枠を離脱できたり医学生が地域枠の契約を無視して一方的に離脱したりといった事例もありましたが、現在では規則が厳格化され地域枠からの離脱は在学中に死亡したり大学を退学したりした場合を除いて原則として不可能となっています。

 「地域枠で楽して入学しておいて後から文句を言うのはおかしい」といった批判もありますが18歳や19歳の若者にその時点で人生のキャリアを確定させる行為自体が理不尽なものとしか言いようがなく、先述した地元出身者枠による深刻な学力低下の問題も踏まえると現行の地域枠は地方・僻地での医師不足解消を目指すあまり数多くの問題点が黙殺されていると筆者個人は感じます。

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