252 謎のアカウント

 中傷ビラの犯人はその2日後にあっさり捕まり、実行犯はキャンパス内を毎日巡回して掃除している清掃業者の中年女性だった。


 柔道部の友人たちは過去にばらまかれた中傷ビラが早朝の時点でキャンパス内のあちこちに置かれていたことに着目し、あらかじめ朝6時に登校しておいて真っ先にキャンパスに入った人物の後を付けた。


 その女性は朝6時30分に出勤するとすぐに監視カメラの届かない場所に中傷ビラを設置し始め、こっそり後を付けていた友人の一人はその瞬間を目撃してスマホで撮影した。


 犯行現場を見つかり狼狽ろうばいする女性に友人たちは被害者である公祐が話を聞きたがっていると冷静に伝え、事を荒立てないことを条件に彼女をキャンパスの裏で待機していた公祐のもとへと連れていった。



「……それで、このビラは誰に頼まれたんですか? あなたが俺に恨みを持っているとはとても思えないし、こんな内容考えつきもしないでしょう」

「はい。……実はパチスロに入れあげてしまってお金がなかった所に、SNSで仕事の依頼が来たんです」

「仕事?」


 公祐が尋ねると、女性は自らが犯罪に手を染めた経緯を話した。


 ギャンブル依存症となり金銭面で苦境に陥っていた彼女が実名で登録していたSNSのアカウントにある日突然謎のアカウントからメッセージが届き、依頼の内容は中傷ビラを京阪医大のキャンパス内にばらまけば1回につき50万円を送金するというものだったらしい。



「匿名のアカウントなので信用できないと思ったんですけど、試しにメールアドレスを作って教えたら前金として10万円分のギフト券が送られてきたんです。見ず知らずの学生さんには本当に申し訳なかったですけど、そうしないと主人にカードローンの借金を隠せなくて……」

「なるほど……」


 清掃業者の中年女性は落ち込んだ表情でそう話し、公祐はギャンブルで借金を抱えてしまいどうしようもなくなった彼女の境遇を哀れに思った。



「お願いします。こんなことは二度としませんし賠償金は働いて払いますから、どうか大学に通報するのだけはやめてください。この年で再就職できた職場を失ったら私の人生は終わりです」

「分かりました。こちらとしても事を荒立てる気はありませんから、二度とこのようなことをしないで頂ければ賠償金も必要ありません。その代わりに匿名のアカウントとやり取りしたスマートフォンを数日貸して頂けませんか? それで犯人を特定しようと思います」

「もちろん、その程度のことなら。……本当に、申し訳ありませんでした」


 柔道部の友人たちの立ち合いのもとで公祐は女性からスマートフォンを受け取り、犯人を特定し次第すぐに返却すると約束した。


 その日の夕方には高校の同期であるシステムエンジニアの大学生に連絡を取り、公祐は彼に20万円を即金で支払うと約束してスマートフォンのデータからの犯人の特定を依頼した。

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