253 財力激突
公祐が一日を終えて京都市内の自宅に帰ると、大学の授業と放課後の学生研究を終えた龍之介が待っていてくれた。
「お帰り、コウ君。今日はお母さんと一緒に夕ご飯準備したよ」
「ありがとう。こうしてるとオレたち夫婦みたいだな」
自分の家族に自然と溶け込んでいる龍之介の姿を見て公祐は微笑ましいものを感じた。
公祐が部屋着に着替えてダイニングのソファに腰かけると、龍之介は彼の隣にちょこんと座った。
いつものように彼の小さな頭をがしがしと撫でてから、公祐は大事な話題を切り出した。
「ところでお前さ、ここに泊まってくれるのはいいけどいつまでもこのままって訳にはいかないだろ。親父さんと喧嘩になって辛いのは分かるけど、そろそろ一旦帰ったらどうだ?」
「うん……ボクも正直パパのことは心配。料理以外の家事は大体ボクがやってきたし、どんなにひどいことを言われてもやっぱり僕のパパは一人だけだから」
龍之介は寂しげな表情でそう話し、彼もシングルファーザーである父親への愛着は強いのだろうと思われた。
「だから、明日の昼になったら家に帰ろうと思う。またパパと喧嘩するかも知れないけどボクは絶対に負けないから。……コウ君と別れたりなんて、絶対にしない」
「ありがとう。オレも中傷ビラの件にはさっさと決着を付けて、後のことはそれから考えるよ」
公祐は返事をすると清掃業者の女性から借りたスマートフォンを取り出し、写真フォルダに残されていた匿名アカウントのスクリーンショットを見た。
「コウ君、これ中傷ビラをばらまかせたアカウントの画像?」
「そうだよ。アイコン画像はフリー素材だしプロフィールには何も書いてないし、正直これだけじゃ犯人は特定できない。明日、その
「そうなんだ。……ごめん、この部分拡大して貰ってもいい?」
「? もちろん、ほら」
龍之介はスクリーンショットの一部に興味を示し、指さされた部分を公祐が拡大するとそれはアカウントのユーザーの誕生日だった。
このSNSは会員登録時に生年月日の登録が必須だが、このアカウントは誕生日を非表示設定にしていなかったのだろう。
「コウ君……あの、同じ誕生日の人もいるから100%そうだとは言えないんだけど……」
「どういうことだ?」
「この生年月日、ボクのパパと同じなの。パパはSNSとか使ったことないから、多分正直に入力しちゃったんだと思う」
「ああ、そうか……」
龍之介の話を聞き、この件はもはや犯人を特定するまでもないと公祐は判断した。
そのまま自分のスマートフォンを取り出すと公祐は龍之介に再び話しかけた。
「なあ龍之介、親父さんの電話番号教えて貰ってもいいか? 明日か明後日の昼、お前と一緒に直談判しに行きたい」
「……うん、いいよ。ボクもパパとコウ君と3人で話したかったから」
それから公祐は龍之介から父親の電話番号を聞き取り、自室に戻るとスマホから電話をかけた。
『はい、どちら様でしょうか』
「龍之介君とお付き合いさせて頂いております、京阪医大医学部3回生の呉公祐と申します。少しお時間よろしいでしょうか」
『……どうぞ』
龍之介の父親は冷静を装っているが、その口調には明確な敵意が感じられた。
「オレは今、家出してきた龍之介君を実家に泊めています。いつまでもこのままではいけないのでオレは明日か明後日の昼に龍之介君をそちらのご実家に連れていきます。その時に3人でお話させて頂きたいのですが」
『うちの息子が君みたいな男と恋仲になるはずがない。妄想はいいからさっさと息子を返してくれ』
「妄想じゃありませんよ。オレがあなたの息子さんと身体の関係にまでなったのも、あなたがうちの大学の掃除婦を金で雇って中傷ビラをばらまかせたのも妄想なんかじゃない。……いい加減、現実を見ましょうよ」
『…………』
黙り込んでいる龍之介の父親に、公祐は次に来る言葉を待ち構えた。
『……分かった、明日の昼13時なら時間が取れるから息子を連れてうちの本社ビルまで来てくれ。ヤクシジファーマシー大津本店と言えば分かる』
「ありがとうございます。手土産でも持って参上させて頂きますよ」
公祐が笑顔を浮かべてそう言うと相手はさっさと通話を切った。
明日一緒に彼の実家へと帰り父親と話をする旨を伝えると、龍之介は黙って頷いた。
その日の夜、荷造りを終えた龍之介と自室のベッドで添い寝しながら、公祐は財力で決着を付けられるのはここまでだと覚悟を決めた。
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