239 気分は回転寿司
2019年12月24日、火曜日。時刻は夜21時過ぎ。
「君は震え、僕は揺れて、不安な2人のランナウェイ……!!」
愛媛県今治市の今治街道沿いにある複合娯楽施設「ジラフス」のカラオケルームで、壬生川さんはいつものように絶唱していた。
「ふー、やっぱりカラオケは最高ね。次、あんたの番よ」
「OK、予約するね……」
個人的にはそろそろホテルに帰りたいのだが、一度カラオケ熱が高まった壬生川さんを止められる者は誰もいない。
時は少し戻り、今日の昼15時前。
壬生川さんの祖父母の実家を後にした僕らは宿泊先であるホテル「今治インターナショナルホテル」にチェックインし、客室にトランクを置きに行った。
「やっぱりこのホテルは綺麗ね。前に一度家族で泊まったことがあって、あの時は旧館だったけどこの部屋に負けず劣らず立派だったわ」
「本当にそうだね。これで朝食付きで1万円ちょっとっていうのは確かにすごいよ」
壬生川さんが選んだこのホテルは特別高級なホテルではなかったが十分広い部屋に使いやすく家具が置かれていて隅々まで掃除が行き届いており、客室は全体的に開放感のある作りになっていた。
2つあるセミダブルのベッドはふかふかで、この部屋ならゆっくりできそうだと思った。
「こっちがお風呂かな。おおー、洗面所もいい感じ……」
トランクを部屋の隅の床に置き、浴室やトイレがあるはずの場所に扉を開いて入った僕は、
「…………」
あまりにも開放的な浴室に絶句した。
浴室は例によって広々として綺麗だったのだがなぜか洗面所と浴室を隔てる扉は透明になっており、これでは入浴中の人が丸見えになる。
このホテルには一応温泉もあるが1日使うごとに1250円もかかるため、こんな作りでも今回の旅行ではこの浴室を使うしかない。
「塔也、お風呂はどう? いい感じでしょ……」
僕を追って洗面所に入ってきた壬生川さんもあまりにもあんまりな浴室を見て言葉を失った。
「この作り、そういうホテルみたいな……」
「あはは、どうせなら一緒に入る?」
「……この下半身男」
軽口のつもりで言うと壬生川さんは顔を真っ赤にして洗面所から出ていってしまい、僕は旅行の真の目的を達成できるのか不安になった。
この辺りは特に見学できる記念館などもないのでそれからは2時間ほど客室でゆっくりして、17時になると早めの夕食に行くことにした。
夕食の場所は壬生川さんが行ったことのあるお寿司屋さんで、どんな高級なお店なのだろうと想像しながら歩いて行くとそこは近畿圏内にもある回転寿司のチェーン店「わま寿司」だった。
「わま寿司は確かに美味しいけど、せっかくの旅行なのにチェーン店でいいの?」
「ふふふ、まあ入ってみれば分かるわよ。ここのお店、首都圏とか近畿のお店とは全然違うから」
不敵な笑みを浮かべて店内に入った壬生川さんに続き、僕はわま寿司の今治店に足を踏み入れた。
クリスマス当日だけあってか店内はお客さんでにぎわっており、17時という早めの時間帯でも空いているテーブル席は少なかった。
2人で向かい合ってテーブル席に腰かけると僕と壬生川さんはタッチパネルで茶碗蒸しやお味噌汁を注文した。
「流石、わま寿司は安いね。1皿100円はありがたいな」
「このお店、普段の平日は1皿90円だったりするのよ。まあそれはいいから何か取ってみて。私はタッチパネルから色々注文しとくから」
壬生川さんに促され、僕はレーンに一杯流れている回転寿司からトロサーモンの皿を取った。
お腹も空いていたので醤油をつけてささっと口に運ぶと、
「……うまい!?」
濃厚な味わいのトロサーモンが程よく酸味のある寿司飯と一緒に味覚中枢を直撃し、僕は思わず叫んだ。
「ほら言ったでしょ。あ、貝
「うん、じゃあ2つ。これはホッキ貝とアカニシ貝とツブ貝かな」
壬生川さんに言われた皿を取るとそこには3貫の貝の寿司が並んでいて、貝の身は回転寿司とは思えないほど大きかった。
「では早速……うまい!!」
3種類の貝はこれまで人生で食べたことがないほど美味しく、僕は瞬く間に3貫を平らげてしまった。
この身の大きさと味の美味しさであれば近畿圏内の回転寿司なら450円は取るはずで、これほどのクオリティの寿司が150円という事実に僕は驚愕した。
「あんたには説明するまでもないけど、この辺は漁業が盛んだから回転寿司って言っても驚くほど安くて美味しいの。私、里帰りする時は絶対にこの店に寄るぐらい大好き」
「いやー、本当に最高だね。こんなにすごい回転寿司が今治で食べられるなんて全然知らなかった」
僕が住んでいた松山市にも回転寿司のお店はあったがこれほど安くて美味しい店には行ったことがなかったので、僕は今治市が同じ愛媛県であったことに感謝した。
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