204 感情は不透明

「……カナちゃん、大丈夫?」


 ベッドに寝転んで考え事をしていた化奈は模試の復習を終えて椅子から立ち上がった珠樹に声をかけられた。


 珠樹はベッドに腰かけていて、化奈が目尻から涙を流していることに気づいてか心配そうな表情をしている。


「泣いてたけど、何かあったの?」

「あ、全然泣いてないで。ちょっと寝不足であくびして涙出ただけやから」

「そっか。カナちゃんが辛い思いしてるとかやなくて安心した」


 いつもの関西弁交じりの標準語でそう言うと珠樹は笑顔を浮かべた。



「今日の模試、どやった?」


 一番聞くべきことを尋ねると、


「自己採点してみたけど多分畿内医大でB判定は取れてると思う。数学と英語は8割取れるようになって、物理と化学がまだちょっと弱いかな。理科社会は直前まで伸びる言うからあんまり心配してないけど」


 不安が見え隠れしつつも自信のある表情で珠樹は答えた。



「せやね。今の時期で数学と英語がほぼ仕上がってたら十分やと思うし、このまま気い抜かずに頑張ろな」

「もちろん。もうすぐ海内塾の模試の結果も返ってくるから判定で問題なかったら予定通りに出願するつもり」


 受験者数が多く信頼度の高い海内塾の全国模試でC判定以上を取れていれば珠樹は第一志望として畿内医大に、第二志望として大阪都市大学に出願するつもりらしい。


 国公立大学も受験するのに私立大学を第一志望にするという選択は医学部受験では非常に珍しく塾の先生からも考え直すよう何度も促されたらしいが、化奈のいる畿内医大を第一志望にするという珠樹の決意は揺るがなかったようだった。



 それからはお互いベッドに腰かけて、最近の日常について他愛もない会話をした。


 今年も大学祭の陸上部の出店でたこ焼きを作ると話すと、珠樹はカナちゃんのたこ焼きを食べに行きたいと話しつつも今年は勉強に専念するため畿内医大の大学祭には行かないと言った。


 昨年はまだ高校2年生だった珠樹が大学祭を見に来て、1回生でありながら陸上部の出店でたこ焼きを作り続けた化奈を応援してくれた。


 あの時は他の陸上部員に化奈の従弟として挨拶をする珠樹の姿に恥ずかしさを覚えていたが、珠樹が今年は来てくれないということを知って化奈は当たり前のことなのに寂しさを感じた。



「それじゃ、そろそろ行こうか。俺ちょっとトイレ行ってから着替えるから、カナちゃんも先に玄関出ててくれる?」

「分かったわ。今日はレストランで息抜きしてな」


 19時が近づきそろそろ化奈の両親が車で2人を迎えに来るというタイミングになって、珠樹は一旦部屋を出た。


 化奈も玄関まで行こうとベッドから立ち上がった時、珠樹の勉強机にあるスタンドから何かが落ちる音がした。



 並べて置いていた封筒の一部が勝手に落ちたらしく化奈は後で珠樹が片づけなくていいようにそれらを拾ってあげることにした。


 落ちていたのは畿内医大と大阪都市大学の願書で、そろそろ各大学から取り寄せる時期なのでここにあることは何もおかしくなかった。


 しかし、化奈はそれらの封筒に紛れて立志社大学の願書とパンフレットが落ちていたことに気づいた。



(……何で、これがあるん?)


 立志社大学は西日本を代表する名門私立大学だが基本的には文系の大学であり、立志社大学に医学部は存在しない。


 医学部受験に向けて一直線の珠樹が今更医学部医学科以外を併願するとは思えないし、興味本位で取り寄せた訳でもないだろう。



 有名大学の願書やパンフレットは進学校ならば高校の校舎で無料配布している場合もあるので、何かのきっかけで荷物に紛れ込んだのかも知れない。


 深く考えずに立志社大学の書類をスタンドに戻すと化奈はバッグを手に取って部屋を出た。

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