202 ラブロマンスの世界

 時は少し戻り、2019年10月27日の日曜日。時刻は夕方16時頃。


 大阪府大阪市天王寺区にある自宅で、生島化奈は自室のベッドに横になったまま一心不乱に文庫本を読んでいた。




 ――――


「姉貴、俺、もう我慢できない」

 京香きょうかをベッドの上に押し倒した桐人きりとは、秘めていた思いをついに口にした。

「だめ、桐人。私たち、姉弟きょうだいなのに……」

 彼の両腕を振り払おうともがく京香に対し、桐人はゆっくりと身体を下ろしていく。


 ――――




 いわゆるティーンズラブに分類される小説『義弟おとうとに恋をするまで』はリア充女子大生の坂本京香が義理の弟である桐人の恋愛を応援するうちに桐人から恋愛感情を抱かれてしまうというストーリーの作品であり、化奈が今読んでいるのは第2巻のクライマックスだった。


 口では拒絶しつつも自らも桐人への愛情を自覚していた京香はそのまま彼のなすがままにされ、いよいよ性的なシーンが始まるという所で化奈は慌てて文庫本を閉じ、そばにあった枕に顔をうずめてもだえた。



(あかん、今から珠樹に会うのに……)


 今日はもうこの本は読まないでおこうと一度は決意したが中断した所は一番面白いシーンでもあるので結局は再び文庫本を開いてしまい、17時前になる頃には第3巻の途中まで読み進めてしまった。


 最終巻となる第3巻では恋仲になった京香と桐人が2人の関係を両親に認めさせるまでの苦難が描かれ、初心者にもお勧めとされるティーンズラブ小説の人気作品だけあって物語自体もよくできていると思われた。



 中学生の頃から体育会系の部活にしか入ったことがない化奈には元々あまり本を読む習慣がなくせいぜい自宅にある雑誌や両親の蔵書をつまみ食いする程度であったが、最近の彼女はティーンズラブ小説というジャンルに夢中になっていた。


 ここに至る経緯を説明すると、陸上部員にしては文化系気質の友人である芦原あしはらが最近よく文庫本を読んでいて、何を読んでいるのか興味本位で聞いてみると彼女は若干恥ずかしそうにティーンズラブ小説の面白さを語ってくれた。


 陸上部に入部した頃から仲の良い彼女が夢中になるのはどんな小説なのか気になって、化奈は10月上旬に芦原からお勧めのティーンズラブ小説を2冊借りた。


 貸して貰った以上はちゃんと読もうと考えて自宅で文庫本を開いた化奈は、これまで全く触れたことのなかったラブロマンスの世界に引き込まれた。



 化奈は元々あまり本を読まなかった上にテレビドラマもあまり見ず、好んでいるのはお笑い番組やバラエティ番組、あるいはアクション系の洋画で、恋愛を主題とした創作物に触れること自体がほとんど初めてだった。


 出身校は中高一貫の女子校である神宮寺じんぐうじ高校であり、大学に入学して以降も持ち前のサバサバした性格からか学年内でも陸上部でも男女の区別なしに周囲とフレンドリーな関係を保っていた。


 だからこそ同級生の白神塔也に初恋をした経験は彼女にとって新鮮なものだったが今考えればその恋愛感情も淡い恋心であり、ティーンズラブ小説で描かれるディープな恋愛描写は化奈にとってかなり刺激が強かった。



 芦原に文庫本を返却してからはすぐさま地元の書店で複数のティーンズラブ小説を買い込み、それから今に至るまで化奈は実に10シリーズ以上のティーンズラブ小説を読破していた。


 ラブロマンスを抜きにしても小説というものの面白さを理解できたのは化奈にとってよい経験だったが、彼女は最近になって義理のきょうだい同士の恋愛を描いた作品を好んでいる自分に気づき始めていた。


 これまで読んできた作品は高校生同士の恋愛をテーマにしたものであったり社会人同士のオフィスラブを描いたものであったりはたまた異世界の王族と侍女との身分を越えた恋を描いたファンタジー的なものであったりと様々だったが、その中で化奈が最も心を惹かれたのは義理のきょうだい同士の恋愛を描いた作品だった。


 それだけなら単に好みの問題で済ませられるのだが、結婚できる間柄とはいえ実際に珠樹という従弟いとこのいる化奈はそういった作品を好んでいる自分自身に嫌悪感を覚え始めており、それでいて書店に行くとつい買ってしまうのが悩みの種だった。



 今日は19時から一族の恒例行事となっている親戚同士の食事会が予定されており、化奈はこれから珠樹の自宅まで彼を迎えに行くことになっていた。


 まだ17時なので急ぐ必要はないが医学部受験を控えている珠樹とはちょっとした機会に会って相談に乗ってあげるようにしており、今日も食事会に行くまでの間に彼と話す予定だった。


 珠樹は今日は朝から16時過ぎまで塾で記述模試を受けており、今家を出れば模試から帰ってきて一息ついた彼とゆっくり話せるはずだった。


 文庫本にしおりを挟んで机の上に置くと、化奈は持ち物と服装を簡単にチェックしてから家を出た。

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