152 申し出はいつも突然に

 そして月日はさらに流れて、2019年8月の夏休み中。


 写真部の会合に参加した私はイベント終了後の閑散とした部室で今年になってから仲良くなった2回生の柳沢やなざわ君と雑談をしていた。



「……へえ、ヤミ子先輩は『アウラ』が好きなんですか。俺ももちろん大好きですけど長めの歌なら『極彩色の枯木』も好きですね。もちろん『風の中のパンサー』は医学生には必修項目ですけど」

「柳沢君、いいセンスしてるね。あの曲、最後の繰り返しが心に響くんだよねー」


 私は幼い頃から両親の影響でシンガーソングライターの真田さなだ雅敏まさとしさんの曲を愛好していて、大学でも同じ趣味の人を見つけられたのはとても嬉しかった。


 柳沢君も両親の影響で真田さんの大ファンになったらしく、面白いことに柳沢雅人まさとという彼の名前も真田さんにちなんで命名されたらしい。



 柳沢君は何かの理由で弓道部を辞めてから元々兼部していた写真部の活動に精を出してくれるようになり、今では私の次の主将の座を狙える立場にあった。


 長身細身の体型にやや童顔で男性としては頼りなく見える所もあるけど、医学生にしてはあまりマッチョでない彼の人柄には私も好感を覚えていた。



「せっかく同じ真田ファンなんだし、また一緒にコンサートとか行きたいね。柳沢君はどう?」


 何気なく聞いた私に彼は目をキラキラさせて、



「俺もぜひ行きたいです! あと先輩、もし今彼氏がいないんでしたら俺と付き合ってくれませんか?」


 ものすごく唐突な流れで私に交際を申し込んできた。



 驚いてしばらく硬直している間に、私の脳内にとある考えが浮かんだ。


 私は現在22歳で大学を卒業して医師になる頃には25歳。


 初期臨床研修を終えてまともに働けるのは27歳からで、アラサーになってから好きな人を見つけているようでは結婚なんてできないのではないか。



 今の私に恋というものが理解できないのは、単に恋愛経験が少ないからかも知れない。


 経験値を獲得するチャンスがあるなら、それに向き合ってみるべきだ。



 そう思った私は、彼ならもしかすると宝田君のようにならずに済むかも知れないと思って、



「うん、いいよ。じゃあ柳沢君、今日からよろしくね」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」


 彼の申し出をあっさりと受け入れたのだった。



 この時、「もしかすると」という程度の思いで動いてしまった自分は結局のところ経験から何も反省できていなかったのだと。


 これから半年ほど後に、私は思い知ることになるのだ。

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