142 女子校出身者の人生設計

 同窓会の会場は三条駅から徒歩5分ほどの所にある居酒屋で、明るい内装に加えて全席禁煙であるなど女性客をターゲットにしており料金も手ごろなのでこれまでも何度か会場になっていた。


 掘りごたつのテーブルに4人で座り、若い女性の店員に飲み物をオーダーする。


 2人ずつで向かい合う座席の一方には銀河と恵理が並んで座りもう一方には秀子と真琴が肩を並べる。


 この配置も今では暗黙の了解となっていた。



 4人分の飲み物が届き秀子の掛け声で乾杯すると、恵理はレモンチューハイを一口飲んだ。


 1歳下の真琴も含めて4人ともアルコールを飲める年齢だが、銀河だけは酒の味が苦手なのでいつも通りウーロン茶を注文していた。


 再び店員を呼んで軽めの料理をいくつか注文すると、4人は誰からともなく会話に興じ始めた。



「それにしても恵理が大学生をやっている姿にも慣れてきたな。大学デビューがどうので揉めてたらしいけど結局どうなったんだ?」

「ああ、あの話ね。最初はもっと適当な格好で毎日過ごしたいって思ってたけど、よく考えたら常におんなじ格好してる必要もないから今は大事な時だけお洒落することにしてるの」


 同じく理系の学部に通っている銀河は高校生の頃からラフなファッションで通していたがいかにもな文系女子である秀子と真琴は高校生の頃から一貫してお洒落に気を遣っており、今日のメイク一つを取っても恵理よりずっと入念だった。


「私たちにはお医者さんの世界は分からないけど、恵理ちゃんに憧れてくれる男の子がいるなら夢を壊さないようにするのも思いやりなんじゃない? 少なくとも医学生で恵理ちゃんに勝てる女の子はあんまりいないと思うし」

「そーですそーです! まあ男の人って結局は女の子のカラダしか見てないですし、お姉様ならどんなファッションでも大人気であ痛っ!」

「下品な話は禁止!」


 秀子のコメントに乗っかって発言した真琴の足を銀河がいつも通りスニーカーで踏みつけた。


 真琴は大学の社会学部でジェンダー社会学なるものを専攻しており、それと関係あるのかは分からないが発言は露骨になりがちである。



「秀子ちゃんも相変わらず美人だけど、この前言ってた男の子とはどうなったの? 確かバイト先の友達が京都大学の医学部生を紹介してくれたんでしょ?」

「ええ、京大医学部の3回生で、話してみてもすごく感じのいい人だったわ。3回ぐらいデートして、私からお付き合いして欲しいって言おうと思って……」

「へえー、すごいじゃない! それで今も付き合ってるの!?」


 秀子は京都市内の名家に生まれ幼い頃から祖母に花嫁修業を叩きこまれている。本人も高給取りの男性との結婚を強く望んでおり、そのせいで中々彼氏ができないとは聞いていた。


 京大の医学生と恋仲になったとなれば秀子にとっては願ったり叶ったりだが、彼女は恵理の質問に対して右腕をわなわなと震えさせて答えた。



「そう言おうとしたら、先に話したいことがあるって言われたの。その人、確かに京大医学部の学生だけど学科は保健学科なんだって。要するに……」

「……うん」


 恵理はその時点で相手の言わんとすることを察した。



「医学生だって嘘ついてたのよ! 医学部っていうからてっきり将来はお医者様だと思うじゃない! ああもう時間無駄にした! 私のデート3回分の手間と時間を返してっ!!」

「秀子、気持ちは分かったから落ち着いて落ち着いて」


 医学生を自称していた京大医学部生との一件を思い出して激怒し始めた秀子を銀河が両手で肩を押さえて落ち着かせた。


 秀子は普段は深窓の令嬢のような立ち居振る舞いをしているが、その実はいわゆる肉食系女子だった。


「医学生だって嘘ついてたのはよくないけど、秀子ちゃんもそろそろターゲットを広くしてみたら? 医者とかエリートサラリーマンにこだわらなくても秀子ちゃんほどの人ならいい男性が見つかると思うし」

「そんなんじゃ駄目! 年収が1000万切るような男と結婚したら私のこれまでの人生が無駄になっちゃう。まだ22なんだし、これから絶対にハイスペ婚を目指すんだから」


 恵理がもっともな疑問を口にすると秀子は早口でそう答えた。



「秀子、それはいわゆるコンコルド効果というやつじゃないか……?」

「銀河先輩の言う通りですよー。大体ハイスペ婚って言うなら女子大に内部進学なんてせずに、それこそハイスペ男子が一杯いる大学に行けばよかったじゃないですか」

「……まあ、その通りよね」


 秀子は自分ほどの美人ならハイスペックな男性とも簡単に結婚できると考えていた節があるが、実際には女子大に進学してしまった時点で異性との出会い自体がかなり限られてしまう。


「秀子先輩は私と違ってヘテロなんですから、高望みせずに普通にいい人を探せばいいと思いますよ。専業主婦になって生涯年収2億円を失いたいならともかく先輩はもう出版社に内定貰ってるんでしょう? 年収1000万の相手なんて見つけなくても、これからはダブルインカムで悠々自適の時代ですよ。それぐらいは社会学かじってなくても分かるはずです」


 現代日本社会での人生設計のコツを述べた真琴に、3人は無言で頷いた。


 真琴は性格に癖があるものの昔から頭の切れる人物で、他者からの相談に乗るのも得意だった。



「真琴の言う通り、これからの時代は共働きで稼いでいかないとね。自力で稼ぐ手段がないと離婚したくてもできなくなるし」

「その通り。資格職に就く恵理は心配ないが、私も秀子もいざという時は自分で生きていけるようなスキルを身に着けないとな」


 立志社女子高校はリベラルアーツ教育を重視しており、女子校であるからこそ生徒には男性に依存せず生きていく心構えが叩き込まれていた。

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