141 女子校囲碁部の同窓会

 2019年8月11日、日曜日。時刻は夕方18時より少し前。


 いつもより入念にメイクをしてハレの日モードのファッションに身を包んだ壬生川にゅうがわ恵理えりは、17時過ぎに枚方市の実家を出た。


 京阪本線の特急に乗り三条駅で降りた恵理は自分を待っているはずの3人の友人たちの姿を探した。


 ちなみに三条駅で降りずに終点まで乗ると着くのは出町柳でまちやなぎ駅で、ここは母校である立志社女子高校の最寄り駅なので高校を卒業するまでは毎日のように行っていた。


 浪人中も春台の京都校に通っていたので引き続き京阪本線を利用していたが畿内医大のある皆月市は枚方市からの電車でのアクセスが悪く、大学への通学にはいつもバスを利用している。


 畿内医大は阪急の駅からもJRの駅からも近く下宿していない学生の大半は電車で通学しているので、恵理のようにバスで通学している学生は珍しかった。



 それはそれとして、恵理が久々に電車に乗って三条駅まで来たのは立志社女子高校囲碁部OGの友人たちとの小さな同窓会に参加するためだった。


 畿内医大には囲碁部がないので今ではあまり打っていないが恵理は松山に住んでいた頃から祖父母の影響で囲碁を好んでおり、立志社女子高校に進学してからはすぐに囲碁部に入部した。


 練習の多いバスケ部との兼部だったので活動には参加できない日もあったが、それでも高校生活を通してのんびりした文化部を楽しめたのはよい経験だった。


 囲碁部は文化部の中ではあまり人気のないクラブだったがOG会を結成できるだけの人数はいて、恵理も卒後に何度か同窓会に呼ばれたことがある。


 今日行われるのはそういった大規模なイベントではなく、恵理と特に親しかった2人の同期生と1人の後輩との合計4名だけで集まって女子会を開こうという趣旨だった。


 大学デビューのあれこれで学内では人間関係に悩みがちの恵理にとって気の置けない友人たちと久々に会える機会はとても楽しみで、今日は自宅を出た時点で気分が盛り上がっていた。



 いつもの待ち合わせ場所である電光掲示板の前まで行こうとすると、誰かが遠くから駆け寄ってくる音がした。


「お姉さまーっ! お久しぶりですー!!」


 うんざりするほど聞き慣れている高い声が届くと同時に恵理の目の前に小柄な人影が突如現れ、そのまま胸元に飛び込んできた。


 女子大生としては最大公約数的なファッションに身を包んだその女性は恵理の身体を両腕で抱きしめるとショートボブの頭を恵理の豊かな胸にうずめ、そのままぐりぐりと感触を楽しみ始めた。


「ちょ、ちょっと真琴、私はそういう趣味はないっていつも言ってるでしょ」

「知ってます! 分かっててセクハラしてるんですっ!!」

「やめんかっ!」


 会う度のセクハラが恒例となっている彼女の頭をゲンコツで強めに叩く。



「いったーい、お姉様、そういうサディストな所も好きですよ」


 強い痛み刺激でセクハラをやめ、身体を離して右手で頭をさすっているその女性は上白石かみしらいし真琴まこと


 恵理にとっては1歳下の後輩だが現役で立志社女子大学の社会学部に内部進学しているため大学生としては1学年先輩になる。


 「白石」という囲碁用語が名前に含まれているというだけの理由で勧誘された彼女は才能がなかったのか囲碁の実力は部内でも低めだったが、恵理の学年が引退してからは真面目に部長を勤め上げ次の学年にバトンをつないだ功労者だった。


「あんたね……大学で運命の人見つけるんじゃなかったの?」

「女子大なので簡単に見つかると思ったんですけど私みたいにカミングアウトしてる女の子はほとんどいなくて、結局はまだまだリサーチ中ですー。それもお姉様みたいな巨乳美女はさっぱりで……」

「そういう生々しい所ばっかり見てるから相手がいないんじゃないの……?」


 真琴はかなり真性な部類のレズビアンで高校生の頃から恵理のことを好いていて、合宿で2人きりの時には真剣に告白されたこともあった。


 恵理にはレズビアンの女性への差別意識は全くないが恵理自身の性的指向はどうあがいても純然たるヘテロなので、その時点ではっきりと断っていた。


 真琴は根っから明るいキャラクターなので失恋しても深く傷ついたり恵理を遠ざけたりすることはなく、それから今に至るまで単なる憧れの先輩という扱いに戻してくれていた。


 人前でお姉様と呼ばれるのは恥ずかしかったが自分を強く慕ってくれている後輩の存在は素直にありがたく、真琴は学年が違っても恵理にとって大切な友人の一人だった。



「あらあらー、真琴ちゃんはやっぱり恵理ちゃんが大好きなのね」


 真琴がやって来た方から歩いてきたのはウェーブのかかったロングヘアを綺麗に整えている女子大生で、彼女は恵理と同期の井ノ島いのしま秀子ひでこ。囲碁部の副部長を務めていた彼女は真琴と同じく立志社女子大学の学生だが、学部は文学部英文学科で現在4回生だった。


「久しぶり、秀子ちゃん。銀ちゃんも一緒なの?」

「ええ、もうすぐ着くってさっき連絡があったわ」


 もう1人の友人はまだ到着していないらしいが、彼女は普段なら集合時間の5分前には来るので到着が最後になるのは珍しかった。



「……おーい、皆、待たせてごめん」


 時間つぶしの会話を始める前にその友人は到着し、ベリーショートの髪型に容量が大きめの肩掛けバッグ、ボーイッシュなパンツルックを見て彼女も変わりないようだと恵理は理解した。


「お疲れ様、銀ちゃん。何かあったの?」

「ああ、大学の用事で家に戻るのが遅くなって慌てて準備して来たんだ。まだ予約時間には間に合うから早速行くとしようか」


 外見のみならず口調も中性的な彼女の名前は黒野くろの銀河ぎんが。秀子と同様に恵理とは同期の間柄で、囲碁部では部長を務めていた。


 彼女は恵理と同様に附属大学には内部進学せず、工学研究者としてのキャリアを得るため浪速なにわ大学の工学部を受験した。


 そして恵理とは異なり現役で志望校に合格し、今でも工学部4回生として研究生活を送っている。



「銀河先輩、今日もかっこいいですー。お店も予約してくれてるんでしたっけ?」

「もちろん。二次会のカラオケまで予約済みだから久々にゆっくり話そうじゃないか」

「流石は銀ちゃん! こういう時一番頼りになるのよね~」


 真琴の質問に答えた銀河に秀子は小さくぱちぱちと拍手した。


 彼女らのキャラクターは高校生の頃からほとんど変わっておらず、引っ越しの影響で中学校までの友人との交流がほとんど皆無の恵理にとって大学以外の友人関係があるのはありがたいことだった。

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