131 気分はノースリーブ

「そろそろいい時間だからお昼ご飯行こっか。どうせ戻ってくるし食事代もおごるから、白衣と荷物はこの部屋に置いといてくれていいよ」

「分かりました。じゃあ僕は……」


 先輩が白衣を脱いで着替える間は一応部屋を出ておこうと考えた矢先、



「ふー、暑かった。この格好で実験できればいいんだけど」


 ヤミ子先輩は何事もないかのようにささっと白衣を脱ぎ、僕の目の前にノースリーブのシャツ1枚の姿を晒していた。



 白衣に隠されていた両腕には透き通るように真っ白な肌が広がっており、僕は先輩のほどよく肉の付いた二の腕に視線を奪われた。


 先輩は普段から羽織もののあるファッションに身を包んでいるので分からなかったが薄いノースリーブシャツが覆うボディラインは非常に魅惑的で、分かりやすい表現をすれば着やせするタイプなのだなと思った。



「どうしたの?」

「い、いえ、何でもないです。白衣はロッカーですか?」


 下手なことを口にすれば先輩の身体を性的な目で見ていたことがばれると思い、僕は呂律が回りにくい状態でそう言った。



「そうそう、男子用って書いてあるロッカーにしまっといて」

「はい、分かりました……」


 ふらつきながら立ち上がると僕は部屋の隅にあるロッカーの「男子用」と書いてある方の扉を開けた。


 白衣を折り畳みロッカー内の上の方にある物置に押し込もうとすると、



「あ、違う違う。そこのハンガー使ってくれていいから」


 先輩はノースリーブ姿のままで僕の背後に近寄り、僕の身体に密着しつつロッカー内に下がっているハンガーを指さした。


 背中に柔らかな感触が2つ密着し、意識が飛びかける。



「大丈夫?」


 突然動かなくなった僕に、ヤミ子先輩はそのままの体勢で不思議そうに尋ねた。



「あの、先輩……その、身体が……」

「え、どこか痛いの?」

「いや、そうじゃなくて胸が!」


 混乱のあまり軽く叫ぶと先輩はようやく僕の発言の主旨を理解したらしく、



「あっごめん。気持ち悪かったよね」


 軽い感じでそう言うとささっと僕から離れた。



「い、いえ、大丈夫ですよ……」


 むしろ気持ちよかったですなどとは口が裂けても言えない。



 それから僕は心臓をバクバクさせながら白衣を男子ロッカーに収納し、先輩もようやく半袖のカーディガンを羽織ってくれた。


「じゃ、ちょっと歩くけどお肉がおいしい定食屋さんでいい? 人にもよるけど明日の実験の後はお肉食べにくいかも知れないから」

「ぜひそれでお願いします」

「ありがとう。お昼ご飯食べながら引き続きフリートークしましょ」

「はい、よろしくお願いします……」


 話しながら実験室を出て僕とヤミ子先輩は1階行きのエレベーターに乗り込んだ。


 隣にいる先輩を見て、つい先ほどの光景がフラッシュバックしてしまう。



 このカーディガンを取り去った先にはほどよく肉の付いた二の腕があり……


 いや、これはまずい。



「あのっ、先輩!」

「なあに?」

「この前の3回生の試験って皆さん大丈夫でした?」

「残念、マレー君だけ循環器の再試にかかっちゃった。もうすぐ再試受けに行くんじゃないかな」

「へえー、それは残念ですね」


 脳内を煩悩に支配されかけた僕は慌てて世間話を繰り出すことで雑念を振り払った。



「7月は白神君の研修もあって忙しかったみたいだけど、マレー君は普段から色々落ちてるから気にしなくていいよ。後輩だからってそこは見習わないでね?」

「もちろんです。それはもう…………」


 無意識的にヤミ子先輩の首元に目をやりうなじを凝視してしまっていた僕は、エレベーターから降り損ねそうになった。


 自分史上最大の危機が迫っている。

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