125 気分は秘策
話している間にしゃぶしゃぶの豚肉3種類(バラ、ロース、カタロース)と各種の小料理が届いて、僕とマレー先輩はグツグツと沸騰している2種類の出汁に手分けして生肉を放り込み煮えるまでの間に小料理をつまんだ。
しばらくすると各種の寿司も届き、無事に煮えた豚肉を鍋から拾い上げて口に運びつつこの2か月はヤッ君先輩とマレー先輩という男性の先輩と過ごせてリラックスできたと改めて感じた。
3月は剖良先輩の恋愛の悩みを聞かされ、4月は色々あってカナやんの実家にまで訪れる羽目になり、5月は壬生川さんに振り回された上に告白らしきものをされるなど大変だったので男性の先輩方と過ごす日々は僕を癒してくれた。
単に気さくな美人だとしか思っていなかったヤミ子先輩が恋愛関係では要注意人物だと今日になって聞かされたが、来月も何とか平穏無事に過ごしたいものである。
しゃぶしゃぶに舌鼓を打ちつつ部活の話や大学の世間話で盛り上がり、マレー先輩オススメのライトノベルや漫画の話を聞いていると次第にお腹が満たされてきた。
ラストオーダーまで残り30分ほどになり後は小料理とサラダだけを注文する流れになってきた所で、僕は今日ここで話すべき本題を切り出した。
「ところで先輩、話しにくければ無理にお話しにならなくて大丈夫なんですけど、あの後美波さんとはどうなりました……?」
「うん、白神君の性格なら聞いてくれると思っていたよ。心配をかけていたようで申し訳ないが、まず言っておくとあれから美波とは破局せずに済んだ」
マレー先輩は神妙な面持ちでそう言うと、何度かおかわりしているウーロン茶をぐいと飲んだ。
「美波の目の前で叩き割ったタブレット端末は俺が美波にも同じ機種をプレゼントしてお揃いで使っていたものだった。そういう理由もあって美波は相当ショックを受けていたが、あの時人前で大騒ぎして三原君に暴言を吐いていた美波を黙らせるにはああするしかなかった。あんなことがあっても俺は美波を愛してるから、口ではひどい拒絶をしたが家に帰ってからはメッセージアプリでやり取りしてどうにか仲直りできたんだ」
「そういう事情だったんですね。あの状況を考えれば先輩のしたことは間違っていたとは思いませんけど、何にしても仲直りできてよかったですね」
マレー先輩が美波さんを純粋に愛している気持ちは分かっていたので、あの修羅場を経ても二人の関係は壊れなかったと知り僕は安心しつつも意外とは思わなかった。
「それはそうなんだが俺は今、美波への今後の接し方を決めかねている。美波には乱暴な振る舞いをしたことを謝って、君と別れるつもりはないとはっきり伝えた。だけど気まずい思いもあるからしばらくは会わずにお互い頭を冷やそうと伝えて、次にいつ会うかも決めてない。このままいつも通り美波と会ったら美波はまた元通りストーカーまがいの行為に走るかも知れないから、いっそのこと別れを切り出した方がいいとも思っている。そうすれば美波は俺に執着する必要がなくなる」
冷静な表情で考えを述べたマレー先輩に、僕は端的に尋ねた。
「……でも、先輩は美波さんと別れたいんですか?」
「絶対に別れたくない。スマホやタブレットに監視アプリを入れられても何も悪くない後輩に向かって暴言を吐かれても、俺は美波のことが好きなんだ。世界で一番大切な存在だと言ってもいい。だからこそ、このままよりを戻していいのかと悩むんだが……」
そこまで言うと先輩はうーんと唸った。
僕が見ていない所では美波さんも先輩に対する愛情をちゃんと表現しているのだろうが、彼女がこれまで先輩に対して行ってきた仕打ちは婚約者であることを踏まえてもあまりにもひどい。
その上で先輩が美波さんの行動の問題点を深く追及せずによりを戻す、つまり彼女を甘やかしてしまえば結局は美波さんのためにならない。
先輩はそう考えて自分の気持ちを犠牲にしてでも別れを切り出そうか迷っているのだろう。
そういった話の流れを理解し、僕は先輩にある提案をすることにした。
「あの、先輩。僕は先輩と美波さんがどうお付き合いしてきたのかは知りませんが、美波さんが何を心配してるかは何となく分かるんです。一つ提案があるんですが聞いて頂けますか?」
「もちろんだ。白神君の意見なら聞く価値は十分にあると思う」
先輩の了承を得て僕は話し始めた。
「これは本人からお聞きしたんですが、美波さんは先輩が自分にいつか愛想を尽かすのではないかと常に不安に思っているそうです。もちろんストーカーまがいの行為で先輩を困らせているのは美波さんですが、先輩から美波さんに君を愛しているということを証明できれば何か変わってくるんじゃないかと思うんです。デートとかプレゼントじゃなくて一生の証明になるようなものです」
「なるほど。確かに俺と美波は婚約しているが、それだけだとどちらかの意思で破棄できてしまうからな。とすると学生結婚とかかな?」
「ええ。結婚したからといって今の関係が大きく変わる訳ではないので、親御さんの理解さえ得られるなら美波さんと正式に結婚するのも一つの手だと思いますよ。先輩が婚約者じゃなくて夫という立場になれば美波さんもある程度は安心できるはずです」
僕がそこまで説明した瞬間、マレー先輩の両目がギラリと光った。
「……そうだ、白神君。学生結婚はもちろんいいアイディアだが俺はもっと素晴らしいやり方を思いついたぞ」
「本当ですか!? それは一体……」
「こればかりは今は話せない。それでもこのアイディアさえ実現すれば、俺は美波と健全なパートナーの関係になれるんだ。思いついたのは本当に白神君のおかげだ」
「え、ええ……」
学生結婚以上のアイディアが何なのかは分からなかったが、先輩がそこまで確信を持てるのならきっと素晴らしい秘策なのだろう。
それからは最後のデザートを注文して、お互いに満腹になってしゃぶしゃぶ店を出た。
例によって二次会のカラオケに行こうとしていたのだが先輩は先ほどのアイディアを早速美波さんに伝えたいらしく、僕にお詫びを伝えつつそのまま阪急皆月市駅へと走っていった。
最後が若干慌ただしくて1か月のお礼を改めて伝え損ねたが、どのみちマレー先輩とは部活の用事で何度も会えるので僕は先輩の後ろ姿を微笑ましく見送った。
どうか、先輩が美波さんと共に幸せになれますように。
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