115 気分はうっかりミス

 そのまま開場から30分が経過して僕も店番の要領が掴めてきた。


 土師先輩と交代して店番の椅子に座り、呼び込み担当もマレー先輩から三原さんに交代した。


 2回生以下だけにスペースを任せるのは心配ということで土師先輩はこれから30分島の中に残ってくださり、マレー先輩は佐伯君を連れて他のサークルのスペースを見て回りに行くことになった。


 僕も次に土師先輩と交代したら他のサークルを見に行ってよいことになり、それまでは店番を頑張ろうと心に決めた。



「じゃあ佐伯君に文芸マーケットの楽しさを教えてくるよ。土師先輩、後輩たちをよろしくお願いします」

「任せとき。他のサークルと交流してこその文芸マーケットやからな」


 土師先輩がサムズアップを返した所で、マレー先輩は何かを思い出して僕と三原さんに呼びかけた。


「ところで、実は今日はスマホを家に置いてきてしまってな。タブレット端末のメッセージアプリしか連絡に使えないからもし緊急の連絡があればチャットの文章で送って欲しい。通話はかけてくれても出られないから、申し訳ないがよろしく頼む」


 そう言うと先輩は巨大な肩掛けカバンから小型のタブレット端末を取り出して見せてくれた。



「分かりました。気を付けておきます」

「今のご時世でスマホをお忘れになるとはマレー殿にしては珍しいミスですな。とまれ、そう緊急の要件もないでしょうから気にせず楽しんできてください」


 三原さんの言う通り今の時代にスマホを家に置いてきてしまう若者は珍しいと思ったが、人間誰しもミスをすることはあるのだろう。


「ははは、本当にうっかりしてたよ。じゃあ行こうか、佐伯君」

「はい、よろしくお願いします!」


 それからマレー先輩は佐伯君を連れて島を出ていき、僕は土師先輩の指導を受けつつ人生で初めてイベントの店番を担当した。


 店番は難しそうに思っていたがやってみると意外とシンプルな作業で、下手に想像して緊張するよりも実際にやってみるのが一番だと思った。



 そしてマレー先輩の「うっかりミス」が嵐の前触れであったということは、この時の僕には想像できるはずもなかった。

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