114 気分は文芸マーケット大阪
畿内医大文芸研究会の主力メンバーが休日の今日ここにやって来たのは、文芸同人誌の即売会である「文芸マーケット大阪」にサークルとして出店するためだった。
文芸マーケットは同人誌の即売会という点ではコミケと同じだが規模ははるかに小さく、その代わりに東京だけでなく大阪や京都、広島、福岡、札幌といった様々な地方都市でも開催されている。
「コミック」マーケットという名前だが漫画以外に小説の同人誌や同人グッズでの出店も許可されているコミケと異なり文芸マーケットでは原則として一次創作の文芸作品のみが出店可能とされており、二次創作のコミック同人誌や同人アニメーションなどは対象外となっている。
「文芸」の定義は「各サークルが文芸であると考えるもの」とされているので音楽や映像で出店するサークルは一部存在するらしいが、そういった作品はコミケに出店した方が広く見て貰えるし何より文芸マーケット自体が(コミック同人誌が出店の大半を占める)コミケではあまり見て貰えない文章媒体の作品でも輝ける場と捉えられていた。
畿内医大の文芸部はマレー先輩が1回生だった2017年度から毎年このイベントに参加しているらしく、昨年まで主力メンバーとして参加されていた看護学部の先輩が引退されたことで今回は入部したばかりの僕と佐伯君にオファーがかかったのだった。
「コミケは二次創作のコミック同人誌が人気でコミティアは一次創作の作品限定だから、文芸マーケットはどちらかというとコミティアに近いな。文芸研究会は元々一次創作の作品しか受け付けていないから参加資格は自動的に満たすという訳だ」
コミティアという用語には馴染みのない僕にマレー先輩がコミケとコミティアの違いについて説明してくれた。
文芸研究会の部誌『
「一次創作の文芸作品だけのイベントというからには『風雲』もよく売れそうですね。例年何冊ぐらい売れるんですか?」
「せやな、5冊売れればええとこやろ」
「へっ?」
土師先輩の言葉に驚いていると三原さんが僕の左肩をポンと叩き、
「白神殿、我々は普段『風雲』に値段をつけて配布していますかな?」
と問いかけた。
「いや、第一講堂前と看護学部の教務課前に置きっぱなしで自由配布してるよね」
事実をそのまま答えると、
「そうでしょうそうでしょう。実働メンバーが10人もいない医科大学の文芸サークルは人様にお金を払わせて部誌を読んで貰う訳にはいかないのです。そういう訳で今日も1冊300円という低価格で売るのですが、関可大学とか
三原さんはやれやれといった様子で話した。
「なるほど……」
文芸研究会次期主将による考察を聞かされ、僕は事情を理解した。
畿内医大の文芸研究会は理系単科大学の文芸系クラブという時点で部活としての存在感は薄く、部誌を学内で有料販売するなどもってのほかという意識がある。
その一方で文系寄りの総合大学である関可大学や神戸昇学院大学の文芸系サークルは学内での人気も高く、普段から部誌に1冊500円という値段をつけて売っているという。
有料で売るからにはそれだけの品質保証も必要になる訳で、この文芸マーケットという場でも普段無料で売っている文芸研究会の部誌『風雲』がそういった総合大学の部誌に売り上げで対抗できる訳はないのだろう。
「まあ、俺たちは『風雲』を人に売るために作ってるんじゃなくてあくまで部員が書いた作品を公開する媒体として刊行しているんだ。今日ここに来た目的は他の大学との交流だから、白神君も土師先輩と交代で他のサークルを見に行ってくれていいぞ」
「ありがとうございます。僕もぜひ色々見て回りたいです」
まだ文芸研究会の部員として1作品も書いていない状況ではあるが、マレー先輩が貸してくれた名作ライトノベルを読んだことで創作意欲も少しずつ湧いてきているから参考にするためにも他の大学の部誌は見ておきたかった。
それから決められた販売スペースのある島まで移動し、5人それぞれ役割分担をして設営を済ませた。
僕と土師先輩が30分交代で店番を担当し、マレー先輩と三原さんは30分交代で呼び込みを担当する。佐伯君は30分ごとに販売スペースと島の外を行き来して、誰かがトイレや休憩に行っている間はピンチヒッターとして働く。
他の島でも続々と参加サークルが出店の設営を始めており、佐伯君と並んでその様子を眺めているとマレー先輩と三原さんがそれぞれカバンに手を突っ込んで何かを取り出した。
しばらくして振り向くと、そこにはファッションアイテムを取り付けた2人の姿があった。
マレー先輩は右目に眼帯をつけ、顔面に漫画的な傷痕のシールタトゥーを貼っていた。三原さんは安そうな作りの猫耳の飾りを装着しておりアキバ系オタク感がさらに増している。
「お二人とも、それコスプレですか?」
「いや、コミケと違って文芸マーケットではコスプレは禁止だからあくまでファッションの一環だな。といっても元ネタはあって、この眼帯とタトゥーは松永衛二先生のセイバーXを意識している。ウィッグも何も着けてないから文芸マーケットの規約には違反しないという訳だ」
「なるほど、そういう決まりなんですね……」
コスプレというのはファッションを工夫して特定のキャラクターになりきる行為を指すから、セイバーXというキャラクターに特有のものではない眼帯とシールタトゥーを着けただけのマレー先輩はコスプレをしている状態には該当しないのだろう。
これは後で聞いたがセイバーXというのはSF漫画の巨匠である松永衛二の代表作「銀河の狼スペースセイバーX」の主人公らしく、テレビアニメ版の放映は1970年代後半と相当古いがマレー先輩はこの作品の大ファンなのだった。
「拙者の猫耳には特に意味はないのですが、せっかくのお祭りイベントですからムードを盛り上げようと思いまして。本日はせっせと呼び込みに努める所存です」
「すごいやる気だね。三原さんとマレー先輩の呼び込みに負けないよう僕らも店番頑張ります」
「その意気だ!」
マレー先輩がそう言ってしばらくすると開場のアナウンスがあり、時計を見るとちょうど11時だった。
複数あるホールの入り口から来客がどっと押し寄せ、テレビ番組で見たコミケのようにごった返す状況になるのかと思ったが最初に並んでいた人が入場し終えるとそれからは散発的に来客が訪れる状態になった。
文芸研究会のスペースにも来客が現れ始め、最初はお手本ということで土師先輩が店番を、マレー先輩が呼び込みを担当してくれていた。
マレー先輩は島の内部から「畿内医科大学文芸研究会です! 私立医大には珍しい文芸系サークルになっております!」と宣伝文句を張り上げ、声につられて訪れた来客には土師先輩が部誌『風雲』の説明をしていた。
立ち読み用の冊子は既に何人もの来客に読まれており、まだ買ってくれた人はいないがこの調子だとイベント終了までに5冊は売れるのではないかと思った。
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