113 気分は学外遠征

 2019年7月28日、日曜日。時刻は朝の10時頃。


 いつもの日曜より早めに起きて荷物を準備して阪急皆月市駅から梅田行きの電車に乗り込み、僕は大阪メトロの天満橋てんまばし駅まで来ていた。


 阪急皆月市駅近くに下宿していると日常生活のほぼ100%が徒歩圏内で完結するため電車に乗るのも久々なら電車を乗り換えるのはもっと久々だった。



 日曜の朝なので乗客は少なく、地方出身で電車慣れしていない僕には正直ありがたかった。


 終点の梅田駅で降りて地下鉄である大阪メトロの東梅田駅まで歩き谷町線に乗り換えたら天満橋駅まではすぐに着き、スマホの地図アプリのおかげでそれほど迷わずに行くことができた。


 北改札を出た所には既に4名の知り合いが待機しており大柄な男子が僕を見つけて手を振ってくれた。


「おはようございます、白神先輩!」

「おはよう、佐伯さえき君。そのトランクって部誌が入ってるの?」


 医学部1回生の佐伯君はその巨体に似つかわしい巨大なトランクを引きずっており、僕はその中身について尋ねた。


「ええ、今日販売する部誌が全部と出店用機材の一部が入ってるそうです。マレー先輩が実家から持ってきてくださったので会場までは僕が持っていきます」

「佐伯君は若々しい1回生だから今日も力仕事を任せようと思ってな。土師先輩と白神君には店番を、三原君には俺と共に呼び込みをやって貰うつもりだ。17時には終わるイベントだけど文芸部員としてよろしく頼むぞ」

「もちろんです。まだ入部したばかりですけど何卒よろしくお願いします」


 マレー先輩の話を聞き、僕は4人の文芸部員に向けて頭を下げた。



「白神君は今日売る部誌にはまだ作品を書いとらんのやな。言うても佐伯君も同じやし、次回以降の部誌には1作でええからぜひ書いてみてな。あ、三原さんみたいに3つも4つも出さんでええで」


 医学部5回生の土師はじ先輩はそう言うと隣に立っている分厚い丸眼鏡が特徴的な女の子、看護学部2回生の三原さんを指さした。


「拙者は別に気を遣っていくつも提出している訳ではございませんぞ? アイディアは泉のごとく湧いてきますゆえそれに形を与えているだけです」


 今日も服装のセンスが独特すぎる三原さんはそう答えると眼鏡を右手でくいと直した。


「おお、流石は文芸研究会の次期主将だな。その調子で次回からもページを埋めてくれ」

「拙者の作品をページ埋めとは、流石のマレー殿でも聞き捨てなりませんぞ~!」


 マレー先輩の軽口に三原さんは両腕を振り上げてぷんすかと怒っていた。


 三原さんは今時珍しいアキバ系オタクの女の子のようだが女子学生が95%以上を占める本学看護学部の学内でもこのノリで通しているのだろうかと気になった。



「それじゃあそろそろ会場に向かおう。トランクが通行人に当たらないよう白神君は佐伯君の左側を歩いてやってくれ。会場までは割とすぐだから、佐伯君もしばらく我慢してくれ」

「分かりました!」


 マレー先輩はそう言うと天満橋駅の出口に向けて歩き出し、土師先輩と三原さん、そしてトランクを引きずる佐伯君もそれに追従した。


 佐伯君はトランクを左腕で引いているので通行人を巻き込まないよう僕は佐伯君の左側に付いて歩いていった。



 1番出口の連絡通路を出るとそこは既に目的地である大阪コマースマートビルの地下2階だった。


 マレー先輩の後に付いてエレベーターに乗り込むと開会時間の11時まで50分以上あるのに人の姿は多く、あと30分もすればもっと混んでくるのだろうと思われた。


 2階でエレベーターを降りて少し歩くとそこには広々としたホールがあり、大量の机がいくつもの「島」を作るように並べられていた。


 いくつかの島には既に出店の準備を始めているサークルの姿があり、若者が中心のサークル以外に中高年の人々で構成される団体も見かけた。


「へえ、これが文芸マーケットなんですね。何というか、こういう光景どこかで見たことがあるような……」

「規模は全然小さいですけどコミケとかコミティアに似てますね。僕もコミティアには行ったことあります」


 イベントの様子に既視感を覚えていると佐伯君がその既視感の正体を言い当ててくれた。


 僕はテレビ番組やインターネットでしか見たことがないがコミックマーケット(通称コミケ)というのは年に2回東京で開催されている世界最大の同人誌即売会であり、そこでは大規模な展示場を借り切って同人漫画や同人グッズなどが販売される。


 大量の机で「島」を作り、その内部にサークル運営者が入って同人誌を売るという形式は今日ここで行われるイベントと全く同じだった。

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