109 気分は昼休み

 僕がオープンキャンパス委員の仕事を中断して美波さんと過ごしているのには複雑な事情があり、それは1時間ほど前にさかのぼる。


「お疲れー、白神君。お弁当おいしかったでしょ?」

「ええ、コンビニ弁当ぐらいを想定してたのでまさか料亭の本格的なお弁当とは思いませんでした」


 オープンキャンパスでは12時から1時間の昼休みがあり、僕はそのタイミングでマレー先輩や渡部先輩、黒根さんと共に大講堂前のロビーを離れて講義実習棟5階の中教室に向かった。


 そこにはオープンキャンパス委員の昼食として弁当とペットボトルのお茶が用意されており、僕は先輩たちと雑談しつつ私立医大だけあってかやたらと豪華な料亭の仕出し弁当に舌鼓を打った。


 渡部先輩は他の持ち場に行くらしく黒根さんは昼食後に5階でそのまま昼寝し始めたので、僕は昼食を終えるとマレー先輩と共に12時30分には大講堂前に戻ってきた。


 そこではヤミ子先輩や剖良先輩、計良けら君といったキャンパスツアー担当者の面々が休憩を取っておりヤミ子先輩は僕の姿を見かけると話しかけてきたのだった。



「私は今からさっちゃんたちとお弁当食べてくるから、この辺りの見張りはよろしくね。時々昼休み中にもお客さんが来るからその時は適当に応対してあげて」

「分かりました。先輩方も計良君も本当にお疲れ様です」


 僕やマレー先輩は受験生や保護者からの相談対応に苦慮しつつも始終椅子に座ったままだったが、キャンパスツアーの担当者は大学構内や附属病院内を案内のために歩き回っていたので疲労は激しいだろうと思った。


「確かに歩き疲れたけど、キャンパスツアーは午前と午後でシフトが分かれてるから私もさっちゃんも午後からは入試相談に移るよ。ヤッ君とチャラミツ君は会場の見回りに行かされるから大変だけど、まあ男の子だから大丈夫だよね」


 ヤミ子先輩が問いかけると計良君は右手を挙げて、


「もちろんっす! 今から両手に花でお昼ご飯ですし、それだけの働きはしてみせますよ」


 嬉しそうに答えた。



「ああ、そう。……じゃあ私とヤミ子はここにお弁当持ってきて食べるから、計良君はヤッ君と一緒に5階で食べて」

「ええっ、そりゃないですよさっちゃん先輩!!」

「まあまあ、いいじゃないチャラミツ君。ボクだって男子の後輩とは仲良くしたいし。一緒に5階行こう、ね……?」

「うわあああああぁぁぁ助けてくれえええええぇぇぇ」


 剖良先輩の冷たい一言に驚愕する計良君を、ヤッ君先輩が有無を言わせぬ口調でエレベーターまで引きずっていった。


 それからヤミ子先輩と剖良先輩もエレベーターで5階に上がり、本当にお弁当とペットボトルのお茶を持って下りてきた。


 先ほどまで渡部先輩がいたテーブルに向かい合って座ると、2人は昼食を口にしながら僕とマレー先輩と話し始めた。



「私たちは何事もなくキャンパスツアーをやれたけど入試相談はどう? 面白いお客さんは来た?」

「それはもう最高だったよ。好感が持てる人からやばい部類の人まで色々だったが、まあ白神君にはいい社会勉強になったんじゃないか」

「ええ、僕もそう思います……」


 ヤミ子先輩の質問に答えたマレー先輩に、僕は勢いが強すぎる保護者の姿を思い出してげんなりした。


「入試相談には色んな人が来るけど塔也君も何回か来てくれたら慣れると思う。これに懲りないでまた次回からも参加してみて」


 ペットボトルのお茶をこくこくと飲みつつ剖良先輩がそう言った。


「大変でもすごく面白い体験でしたから次回からもぜひ参加したいと思います。まだ午後の部がありますけど、何卒よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げると3人の先輩方は小さく拍手をしてくれた。

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