105 気分はキャンパスツアー
講義実習棟5階の小教室から長机や椅子を1階まで運搬し、受付や入試相談会場の設営が終わった頃には既に時刻は9時近くになっていた。
最寄り駅である阪急皆月市駅とJR皆月駅には入試広報センターの職員さんが、大学の阪急皆月市駅側の入り口である正門にはヤミ子先輩と
門を通過した来客は必ず図書館棟の前まで来るのでそこでは剖良先輩と芦原さんが待ち構えて、受付のある講義実習棟前まで案内してくれる。
今日の第2回オープンキャンパスで僕が割り振られた仕事は現役学生による入試相談で、塾や予備校で勤務している訳ではないが北辰精鋭予備校の答案添削のアルバイトをやっていることを理由に選ばれたという。
その他のメンバーにはマレー先輩と東医研の渡部先輩、そして1回生から黒根さんが選ばれており、大学受験で生物を選択していたのは渡部先輩しかいないため同じく生物選択者のヤミ子先輩が適宜助けに入ってくれるらしい。
オープンキャンパスのイベントは当然受験相談だけではなく、ヤミ子先輩や剖良先輩、計良君などの
入試相談会は講義実習棟1階大講堂前のロビーで行われるが、大講堂内では現役の教員(臨床医学教室並びに基礎医学教室から1名ずつ)による受験生への模擬講義が開催される。
受験勉強に関する相談は学生が担当するが入試日程や学費などこの大学の受験制度が関係してくる相談は松島教授などの教員が担当することになっており、来客である受験生や保護者に誤った情報が伝わらないように配慮されている。
僕は実家が愛媛県松山市と遠いのでこの大学のオープンキャンパスに受験生として参加したことはなくキャンパス内に入ったのも二次試験の面接・小論文を受けに行った時が初めてだったが、少なくとも大学まで電車やバスで来られる受験生にとっては有意義なイベントだろうと思われた。
「それにしてもキャンパスツアーに回る人は大変ですね。いつも通っているキャンパスとはいえそれぞれの施設の特徴を大勢相手に解説するのは難しそうです」
「あれはあれで長い距離を歩くし大変だとは思うが、実際はマニュアルに沿って説明するからな。ただ、受験生や保護者が実際に見てるのはキャンパスツアーの内容というより案内してくれる学生のモチベーションだから、そういう意味ではヤミ子君やチャラミツ君の責任は重大だと言えるだろう」
入試相談会場の椅子に座って来客を待っている間、僕はマレー先輩など同じ仕事を担当する学生と雑談をしていた。
「9時の開場から30分刻みでキャンパスツアーが開催されて11時からはそこの大講堂で模擬講義があるから、俺たちは11時まで忙しくてそれ以降は暇になる。13時に模擬講義が終わったらまた来客が増えるが、例年だと11時までは受験に関する相談が多くて13時以降は大学生活に関する相談が多い。大学受験で切羽詰まってる受験生や保護者ほど早めに来るということだ。つまり……」
「つまり?」
マレー先輩は一瞬間をおくと、
「これから11時までは割と面倒な感じの受験生や保護者が来訪しやすいということだ。白神君は今回が初参加だからもし答えにくい質問をされたらすぐに俺や渡部先輩、あるいは先生方を呼んでくれ」
「は、はい。心得ておきます……」
先輩の言葉は大げさではなかったと、僕はたった1時間後に思い知ることになる。
「はーい皆さん! これからキャンパスツアーの参加者を募集します。大学内を見学したい人は私の所に、附属病院を見学したい人はそちらの解川さんの所に集まってください。大体10人ぐらいになったら出発しまーす」
大講堂前のロビーに戻ってきたヤミ子先輩はてきぱきと次の作業に移り、一緒に帰ってきた剖良先輩と分担してキャンパスツアーの参加者を募り始めた。
既に9時を過ぎたためロビー内にも受験生や保護者の姿が多くなり、制服を着た高校生やその父母、私服の浪人生、時には小中学生ぐらいの子供や受験生の祖父母らしき来客の姿もあった。
キャンパスツアーの参加者はすぐに定員に達し、ヤミ子先輩と剖良先輩はそれぞれ来客を先導して再びロビーを出ていった。大学内を見学するヤミ子先輩のグループには大学受験生とその保護者が、附属病院内を見学する剖良先輩のグループには小中学生が多く、大学受験までの残り時間によって興味の方向も違ってくるのだろうと思われた。
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