103 気分は新世代
「おいおいチャラミツ、お前また先輩に迷惑かけてるのか?」
大講堂の床に腰かけたまま僕と話していた計良君に、やはり1回生らしい別の男子学生が声をかけてきた。計良君は「みつひろ」という名前らしいのでチャラミツというのはあだ名だろう。
振り向くとその男子学生はごつい体型に身長180cm近くありそうな巨漢で、ラグビーか柔道をやっていそうな体格と
「あ、ドウさん。心配しなくても俺は女の先輩にしかちょっかい出さないって」
「そりゃあそうだけど、お前のことだからイケメンなら男でもいいとか言い出しかねないし……」
「心外! それは流石に心外っ!」
「あの、君は……?」
ドウさんと呼ばれた大柄な男子学生に僕は名前を聞いてみることにした。
「はじめまして、俺は
「へえ、君も同じなんだ。僕は医学部2回生の白神塔也っていうんだけど、君たちと同じ研究医生だよ」
「そうなんですか? 白神先輩、部活は違いますけど何卒よろしくお願いします」
道心君はそう言うと柔道部らしい所作で頭を下げ、見た目通り真面目な学生なのだろうと推測できた。
「ところで僕は2回生から転入したからまだどこの教室に所属するとは決めてないんだけど、君たちはどう? 今からどの教室に所属したいって考えてたりする?」
本来の集合時刻である8時20分まではまだ時間があるので、剣道部を辞めた僕にとっては貴重な後輩男子である2人に研究医生トークを振ってみた。
「あー、それっすか。俺とドウさんはまだ全然考えてなくて、今は放課後とかに色んな教室を見学してますね。まー正直生化学? とか薬理学? とか言われてもチンプンカンプンっすわ」
「チャラミツはこう見えて成績はいいんですけど俺なんて三浪もしてるしそもそも頭が理系じゃないので、どこの教室にも入れそうになくて……」
「なるほど……」
僕自身1回生の今頃は教養科目の真っ最中だったので、その時点でどこの基礎医学教室がいいか考えろと言われても難しいだろう。
「俺らはまあそんな感じなんですけど、もう1人の研究医生は入学前から入りたい教室を決めてるらしいっす。ドウさん、ねっこって見かけた?」
「いや、俺もさっき来たばかりで……」
「私なら、ここ……」
計良君と道心君がもう1人の研究医生の話をしていると、噂をすれば影という感じでその本人が現れた。
消え入りそうな声に振り向くと、暗色系のコーディネートに身を包んだ前髪が長すぎるロングヘアの女の子が大講堂の入り口から歩いてくるのが見えた。
前髪の隙間から覗く顔はよく見えないが両目の下には大きな
「あーあー、ねっこ。お前さ、今日ぐらいその
「仕方ないでしょ、昨日も23時まで
計良君にねっこと呼ばれている女の子はふらつきながら近くの椅子に座ると、目覚ましのためか両手で自分の頬をぺちぺちと叩いた。
「おはよう、君も1回生の研究医生なんだって?」
「ええ、そうです。医学部1回生の
黒根さんと名乗った1回生はそう言うと机に突っ伏して寝始めた。
僕から名乗る隙もなかったが、深夜まで家庭教師のバイトをしていたというので本当に眠くて仕方がないのだろう。
黒根さんはあっさり「法医学教室に所属したい」と言っていたが僕自身は研究医養成コースで所属できるのは解剖学・生化学・生理学・微生物学・薬理学・病理学の6教室だけだと思っていたので、それ以外にも選択肢があるという話は初耳だった。これに関しては後で松島教授にでも聞いてみようと思った。
「ねっこはあんまり実家が裕福でないらしくて、下宿代や学費の一部は連日のバイトで工面してるそうです。俺もチャラミツもバイトはやってないので彼女のことは同じ学生として尊敬します」
「そうなんだ。確かにあの様子は中々だね……」
道心君の話から考えたが黒根さんは研究医養成コースで入学している以上学費は普通の学生の半分(6年間で約1500万円)であり、それでも足りなければこの大学では世帯年収に応じた奨学金を受け取れる。にも関わらず連日遅くまでバイトをしなければならないということは、実家に相当金銭的余裕がないのだろう。
僕は普段から剖良先輩や壬生川さんといった身だしなみに細かく気を遣っている女の子をよく見ているが、黒根さんは見たところ黒髪のロングヘアさえ整えられておらず、顔はよく見えなかったがメイクもしているとは思えない。
「ねっこがあんな態度で申し訳ないっすけど、しばらく寝た後はパワフルに働きますんで白神先輩も楽しみにしといてくださいよ。まあああいうナリなんで多分裏方っすけどね」
「へえ、それは楽しみで」
「聞こえてるわよ。……ああいうナリ?」
計良君の論評を聞き、まだ眠りに落ちていなかったらしい黒根さんがぎろりと視線を向けてきた。
「いや何でもない! 何でもないって!!」
「そう。じゃ、時間になったら起こして」
弁解する計良君にあっさりそう言うと、彼女は本当にぱたりと眠りに就いた。
「あれっ白神君。かわいい後輩たちと打ち解けたみたいだねー」
「ヤミ子先輩!」
後輩3人のノリに振り回されていた僕に後方から話しかけてきたのは病理学教室の
その後ろには例によって解剖学教室の
「どもっす、ヤミ子先輩。2か月ぶりですけど俺のこと覚えてます?」
「もちろん覚えてるよ。初対面の女の子を次々に口説いて松島先生にゲンコツ食らってた好色一代男だよね」
「その例えだとバイになるから嫌っす!」
「あはは、そうなの?」
ヤミ子先輩も計良君の扱いがひどいのは置いておいて好色一代男(by井原西鶴)が数多くの女性のみならず男性も相手にしてきたことを知っている辺り、彼も大学受験では日本史選択だったのかも知れない。
「白神君は私が直接スカウトしたけどここにいるチャラミツ君と道心君、ねっこちゃんも私が誘ったの。4月にオープンキャンパス委員の新歓立食パーティーがあったんだけどそれより前の入学直後に大学から招待メールを送って貰ったんだよ。普通はそこまでしないんだけど、研究医生にはできるだけオープンキャンパスに出て欲しくて」
「へえー、それはやっぱり研究に強い大学という点を強調したいからですか?」
私立医大というのは一般に臨床医の育成に特化しているイメージがあるが、この大学は地域医療のことをそれほど重視しなくていい都市部にあることもあって研究医の育成にも力を入れているということは学長の口から語られていた。
「いや、どっちかっていうと人数集めたかったのが大きいかな。歴代のオープンキャンパス委員は人数不足でかなり困った時期もあって、松島先生からも使えるコネはできるだけ使って頭数揃えろって頼まれてるの。そういえば白神君も誘えるなって気づいたのが5月だったから第1回には参加して貰えなくてごめんね」
「な、なるほど……」
身も蓋もない事情を聞かされ、近くで聞いている後輩3人が悪く思わないか気になった。
第1回オープンキャンパスは5月上旬に行われたらしいのでここにいる後輩3人も参加してくれたのだろう。
「まだ1回しか実績ないけどチャラミツ君はムードメーカーとしてお客さんに人気だったし道心君は力持ちだから設営では大活躍してくれたしねっこちゃんはもう色々と凄かったよ。また後で3人の活躍を見てあげて」
「もちろんです。皆、一緒に頑張ろう」
「うぃっす!」
「はい!」
「…………」
黒根さんはまだ寝ていたが、ともかく3人とも実力は確からしかった。
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