85 君に伝えたかったこと

 それから年月が経ち、2017年の3月下旬。


『……ヤッ君、俺、1年間は浪人してみるよ。総合大学って言っても学部は選びたいし今の学力で大学に行くのもよくないと思うから』

「そうなんだ。ヒデ君と同時に大学生になりたかったけど、目的を持って浪人するなら意味もあるんじゃない?」


 私立専願のため2月下旬には大学受験を終えていたボクは、自室のベッドで漫画雑誌を読みながらゴロゴロしている最中に彼からの着信を受けた。


 彼は大阪府内の中堅私立大学の文学部に合格していたが第一志望だった公立総合大学の法学部、第二志望だった名門私立大学の法学部にはどちらも不合格となったので、滑り止めには進学せずに1年間は浪人してみるという知らせだった。



 ボクは父親のごり押しもあって高校1年生の春から地元の個別指導塾に通い始め、受験生になってからは模試でもC判定以下を取ったことがなかったが彼は高校2年生になっても受験に本腰が入っていなかった。


 元々成績のよい生徒が高校受験がないことを活かして早くから大学受験の勉強に取り組む一方、意欲のない生徒は高校受験がないからと遊び呆けるというのは中高一貫校特有の問題点だった。


 彼は化学研究部に所属しているものの数学や物理は得意でなく、社会科の政治・経済が好きだという理由もあって高2進級時の文理選択では文系コースを選んだ。


 理系コースのボクとはそれ以来クラスが別になったが部活ではいつも一緒なので彼との縁が切れることはなかったし、ボクの親友として有名になった彼をいじめる人間はもはや存在しなかった。



『俺はヤッ君みたいに頭もよくないのにあんまり勉強してなかったから、これは天が与えた使命だと思うことにするよ。4月からは海内塾かいだいじゅくの大阪校に通うけど、寮に入る訳じゃないからまた遊ぼうぜ』

「もちろん! 大学生になったってヒデ君とはずっと親友だからね」


 高校生になってからはボクも若干性格が丸くなり、彼とはお互いに「ヤッ君」「ヒデ君」と呼び合える関係になっていた。


 ボクの言葉は社交辞令程度に受け取ったのかヒデ君はこちらこそ、と無難に返事するとそのまま軽く話して電話を切った。


 通話を終えてからボクはしばらく自室のベッドにだらりと寝転んでいた。



 喧嘩に明け暮れた中学生活と大学受験の勉強を延々やっていた高校生活がようやく終わり、ヒデ君とは彼の受験が終わるまでお互いに連絡しないと約束していた。


 今日着信が入った時は進学先が決まったという知らせかと思ったのに、結局彼は浪人生になって阪急の梅田駅に近い海内塾の大阪校に通うという。


 お互い大学生になったらいつでも会えるだろうと思っていたのにこれではあと1年間は疎遠なままだろう。


 彼に伝えたかったことを頭に思い浮かべつつ、ボクはため息をついた。



 高校生になる少し前、性ホルモンの分泌が活発になってきたぐらいの時期に、ボクは自分が男性しか愛せない人であることを悟った。


 ボクの手下も含めた周囲の不良たちが学校に成人向け雑誌を持ち込んで喜んでいる時、ボクはその本の何がそんなに嬉しいのか理解できなかった。


 物は試しということで下っ端の不良から1冊を拝借して自宅に持ち帰ってみたが、いくら眺めても「裸の女性が写っている」という感想にしかならなかった。


 ボクの興味はそれよりもテレビに出てくるかっこいい男性俳優とかラブコメ漫画に出てくるイケメン男性キャラクターに向いており、高校生になってからは下校中に途中の駅で降りて駅中の書店で少女漫画雑誌を買ったりするようになった。


 いわゆるゲイ雑誌を初めて買った時はドキドキが止まらなくて、自室のタンスに隠して何度も読みながらこれを処分する時はどうしようかと悩んだ。



 といっても漫画の中のイケメンやゲイ雑誌はボクにとっては性欲を解消する手段に過ぎず、具体的に恋愛対象として見ていたのは他ならぬヒデ君、同級生の天草英樹その人だった。


 彼は決してイケメンではないし大柄で純朴そうな顔をしているただの男子高生に過ぎなかったが、ボクにとって彼よりも魅力的な男性は他にいなかった。


 性的な夢に彼が出てきたことでボクは彼への思いに気づき、ずっと仲良くしてきた親友を性的な目で見てしまう自分には一時期ひどく嫌悪感を覚えたが好きになってしまったものはどうしようもなかった。



 好きだと伝えて彼に拒絶されるのも校内でゲイだという噂が広まって人望を失うのも怖かったボクは、結局高校を卒業するまで彼に思いを伝えられなかった。


 お互い大学生になれば思いを伝えて拒絶されてもダメージが少ないと考えていたが、それから彼が1年間浪人したことでボクは大学2回生になっても親友という間柄を抜け出せないままだった。

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