77 気分はライトノベル

「ところで、あの棚って本で一杯ですね。どんな本があるんですか?」


 試験と研究の話が一段落した所で僕は入室した時から気になっていた話題に触れた。


 部室に入ってすぐ右横には天井まで届きそうな巨大な本棚が設置されており、文庫本を2列に並べてもまだ奥行きに余裕があるそれには大量の小説や漫画らしきものが陳列されていた。


「おお、嬉しい質問だな。あの本棚は本来部誌のバックナンバーや他大学の文芸サークルの部誌を保管するための場所なんだが、実際にはほとんど文芸部の蔵書置き場だ。昔の先輩方が寄贈した小説や漫画の他に俺が個人的に置いてあるものも沢山ある。どれも部員は自由に借りていいから、いくつか持っていくか?」

「いいですね。試験終わってからゆっくり読んでみたいですけど、オススメの作品ってあります?」


 何気なく尋ねた瞬間、マレー先輩の目がギラリと光った。



「そうだな……まず、種類は何がいい? 小説か漫画か、あるいはエッセイか」

「漫画も魅力的ですけど、せっかく文芸研究会なので勉強も兼ねて小説にチャレンジしたいですね」


 文芸研究会の部員は文章からなる作品を書いて部誌に寄稿するとのことなので、僕もそのうち小説を書いてみたりするのであれば今から小説を読んでおくのも有意義だろうと思った。


「そうかそうか。小説と言っても色々あるが、白神君はライトノベルって知ってるか?」


 先輩の言葉には聞き覚えがあり、僕は浅い知識を辛うじて思い出した。


「えーと、確か表紙が漫画の絵みたいになってる小説でしたっけ? 文章中にもイラストがあるんですよね」

「それぐらいの認識で大丈夫だ。実は、俺は普通の小説よりもライトノベルの方が好きでな。若者向けで取っつきやすいし白神君にも小説入門としてライトノベルを勧めてみたいと思うんだが、どうだ?」

「全然問題ないですよ。先輩がオススメしてくださる作品なら絶対面白いと思いますし」

「よし! じゃあ今から適当なのを見繕うから少しだけ待っててくれ」


 僕の返答に先輩は喜び、巨大な本棚まで早歩きで近づくとぶつぶつと何かを呟きながら作品を物色し始めた。



 それからしばらくしてマレー先輩は一度に8冊ほどの文庫本を持って本棚と机を行き来し、最終的に25冊ほどの文庫本を僕の目の前に置いた。


 文庫本はよく見ると背表紙の色が異なっており、25冊ほどの中には背表紙が白いものと紫色のものと青いものとの3種類が存在するようだった。


 25冊を3種類の背表紙ごとに集まるよう机上で整理すると先輩は話し始めた。


「待たせてすまない。今日は白神君に3つの作品をオススメしたいと思う」

「ありがとうございます。この背表紙の色が違う3種類ですね」

「そうだ。ライトノベルの背表紙の色はレーベルごとに決まっている場合もあるしレーベル内でも作品によって異なる場合もあるが、このガイガー文庫のように背表紙の色が統一されていると分かりやすいな。まあ余計な話は置いておこう」


 そして先輩は3種類のライトノベルのそれぞれ第1巻を指さし、


「この白い背表紙は伏見ファンタスティック文庫の『天界のタナトス』。ジャンルはライトファンタジーで全8巻だ。紫色のはハイパーアクセル文庫の『君にもわかる源内魔法』。ジャンルは現代ファンタジーで全6巻。青いのはガイガー文庫の『怠惰なサミーはご機嫌斜め』。ジャンルは日常系ラブコメと超能力バトル。全11巻とちょっと長い」


 レーベルとタイトルに加えてジャンルと巻数を説明してくれた。


 『天界のタナトス』の表紙には端整な顔立ちをした軍服姿の男性が、『君にもわかる源内魔法』の表紙には中学生~高校生ぐらいに見える美少女キャラクターが、『怠惰なサミーはご機嫌斜め』の表紙にはよれよれのパジャマを着て眠そうな表情をした若い女性が描かれていた。


「へえ、ライトノベルって結構長いんですね。せいぜい3巻ぐらいだと思ってました」

「ラノベ全体を見れば1巻から3巻で終わるのが多いんだが、この3作品はメディアミックスされたりして人気だったから少々長めだな。といっても特に長いシリーズだと30巻以上かかっても終わってなかったりするから、全8巻ぐらいが初心者でも手に取りやすい限度だと思うぞ」

「確かに、15巻以上になるとオススメしにくいですよね」


 僕は大学に入ってから腰を据えて小説を読んだことがないのでイメージしにくいが、1冊を1時間で読めるとすれば物理的に1日で読了できるのはせいぜい8巻までだろう。


「この3作品はラノベの中でも結構独特な作風だから初心者に勧めるのはどうかとも思ったんだが、何よりも小説としてのクオリティが非常に高い。初心者向けとされる作品は他にも沢山あるが中には漫画化やテレビアニメ化で有名になっただけで原作小説のクオリティがいまいちなものもあるから、俺は初心者には小説として優れた作品を勧めるようにしている。とりあえず読んでみれば分かるさ」


 ライトノベル業界には詳しくないのでメディアミックスに関する事情はよく分からないが、世間の評判よりも独自の考察に基づいて「初心者向けの作品」を定義しているマレー先輩の姿勢には研究者らしさを感じた。



「そこまで考えてくださってたんですね。試験終わったら早速読みたいですけど、どれから手をつけるのがいいですか?」

「そうだなあ。『怠惰なサミーはご機嫌斜め』はこの3作品の中でも特に独特の作風だから、最初に読むなら『天界のタナトス』か『君にもわかる源内魔法』のどちらかがいいだろう。バトル要素が強いのはタナトス、日常系要素が強いのは源内魔法だから好きな方を先に読んでくれればいい」

「ありがとうございます。とりあえず持ち帰って考えてみますね」

「OKだ。貸し出しに返却期限とかは特にないから、また読み終わったら適当に部室に戻しておいてくれ」


 先輩はそう言うと室内にあった紙袋を持ってきてくれて、僕はそれに25冊のライトノベルを収納して持ち帰ることになった。


 それから先輩にお礼を言い、先輩からは再試にかからないよう頑張ってくれ! と激励を受けてそのまま文化部棟を後にした。

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