49 気分は実現可能性

 昼食の場所に選ばれたのは阪急皆月市駅前にあるイタリアン料理のファミレスで、4人掛けの席に案内されると僕と壬生川さんは剖良先輩に向かい合うようにして座った。


 このファミレスは味もボリュームも優秀な割に他のファミレスチェーンよりも価格が安く、あまりお金をかけずにゆっくり食事したい学生に重宝されていた。



「それで、どういうアドバイスをすればいいの?」


 店員さんに注文を済ませてから剖良先輩が話題を切り出した。


「私と白神君は天地あまち先生から私たち自身が面白いと思える研究テーマを見つけてくるよう指示されています。1週間に5本、5月末までで合計20本の研究テーマを探す必要があるんですけどまだ2回生の私たちには難しくて。先輩はご自身の研究テーマをどうやって見つけられたんですか?」

「なるほど。そういう事情なのね」


 剖良先輩はそう言って頷くとコップに注がれたおいしい水を一口飲んだ。


「私の研究は哺乳類の発生学に関するものだけど、一から研究テーマを見つけた訳じゃなくて解剖学教室の実験材料で行えるテーマを選んだの。実際の患者さんの標本を使って研究してる先生も多いけど、私はまだ学生だから簡単に病院の標本を借りてくる訳にはいかなくて。結局は解剖学教室で飼育しているマウスを使わせて貰うことになったの」

「ということは、そこまで自由にテーマを選べた訳じゃないんですね」


 僕はこれまで本格的な研究をやったことがないのでイメージしにくいが、実際に研究をやろうとすれば教室によって利用できる設備や材料は限られてくるのだろう。


「そう言うと不自由そうに聞こえるけど、何でもできる状況から好きにテーマを決めてくるよりもあらかじめ決まった枠の中で実現できるテーマを探す方が実際は楽だったりするの。最初から難しい研究テーマに挑戦するより実現可能な研究を積み重ねていった方が、いつか大きな研究に挑戦するための経験が得られると思う」

「なるほど……」


 テレビゲームのRPGで例えるなら、いきなり海の向こうの大陸に行ってドラゴンを倒そうとするよりも最初は出発地点の町の近くでスライムを倒して経験値を稼いだ方がいいというような話だろうか。


「天地教授は自由に研究テーマを見つけてくるように言ったらしいけど、あえて先生の所に行って生理学教室の実験設備について詳しく聞いてみたら? 沢山の研究テーマを探してくるにしてもいくつかは地に足の着いたテーマがあった方がいいと思う」

「ありがとうございます。先輩のアドバイスすごく参考になりました」


 壬生川さんが笑顔で感謝を伝えた所で料理が運ばれてきたので、僕らは雑談しながら昼食に手を付けた。



 3人とも料理を食べ終わり、店員さんがお皿を下げてくれた所で僕らはもうしばらく雑談を続けていた。


「美味しかったです。今日は私たちの研究にアドバイスして頂いた上に食事代もおごってくださって、本当にありがとうございます」


 壬生川さんがぺこりと頭を下げると剖良先輩はこくこくと頷いた。


「研究のことなら私以外にもヤミ子とかヤッ君、マレー君やカナちゃんにもアドバイスして貰えるはずだからまた質問しに行ってみて。それと……」


 コップに残っていたおいしい水を飲み干しつつ剖良先輩は続けた。



「おごってあげる見返りにとは言いたくないけど、一つ聞いてもいい?」

「……? ええ、どうぞ」


 無表情のままそう言った剖良先輩に壬生川さんは不思議そうに答えた。



「この前の木曜日なんだけど、恵理ちゃん、塔也君とカラオケに行ってなかった?」


 壬生川さんが凍りついた。



「い、いえ……そんな……」

「塔也君と一緒にいた女の子の顔は見えなかったけど、体型とか雰囲気が恵理ちゃんにそっくりだったから。違ったらごめん」


 剖良先輩が普段壬生川さんのどういう所に注目しているかが何となく分かったが、僕は反応に困った。



「あと塔也君。一緒にカラオケに行った相手が恵理ちゃんでも他の女の子でも、個人の自由ではあると思うけど……」


 剖良先輩は伝票を手に取りつつ口を開き、



「女の子を泣かせて直接謝る前にそういうことをするのは、良くないと思う」


 冷たく言い放つとそのまま席を立って会計を済ませに行った。



「…………」


 僕も壬生川さんも言われると痛い所を突かれ、そのまま4人掛けの席で黙り込んだ。



「……ねえ。あんたカナちゃんに何したの?」

「……不徳の致す所です。ところで剖良先輩とかヤミ子先輩にはいつ正体を明かすの?」


「…………」



 僕らはお互いに厄介な問題を抱えている。

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