48 気分は頼れる先輩

 そうこうしている内に女子バスケ部の練習試合は畿内医大の勝利で終わり、僕は剖良先輩と一緒に外階段を下りてコートへと戻った。


 女子たちがタオルで汗を拭いながら京阪医大の選手と話して盛り上がる中、壬生川さんがつかつかと歩み寄ってきた。


 あれほど激しく動いていたのにエース選手だけあってか彼女はあまり汗をかいていなかった。



「白神君、今日は来てくれてありがとう。解川先輩もお忙しいのに観戦に来てくださって嬉しいです」

「私は同じ運動部員として女子バスケ部を応援してるだけだから。3回生の友達もいるし」


 にっこりと笑って言った壬生川さんに剖良先輩はクールな感じで答えた。 


「こんにちはですー、解川先輩! 恵理先輩からお話は聞いてます」


 壬生川さんの後方からかなり背の低い女子部員が現れた。


「この子は?」

「医学部1回生の滝藤たきとうさんです。まだ新歓期間が終わったばかりですけど、高校でもバスケをやっていたので4月の早い時期から正式に入部してくれました」


 壬生川さんの説明で予想通り1回生だと分かった。


 この大学の新歓期間は4月初頭の新入生オリエンテーションから5月のゴールデンウィーク開始前までで、運動部に入りたい新入生のほとんどは新歓期間が終わるまでに正式入部するクラブを決める。


 新歓期間が終わった後でも少なくとも1回生の間は入部できるし、新歓期間中は無料の飲み会目当てに色々な部活を訪れるのが一般的なので4月下旬よりも前に運動部に正式入部する新入生は大抵そのスポーツの経験者だった。



「解川先輩は弓道部のエースで勉強もできて、美人で優しくて女子バスケ部も応援してくださってるそうですね。あたし先輩みたいにかっこいい医学生になりたいです!」


 確かに剖良先輩は女子バスケ部員には優しくしてくれそうだ。


「そんな風に言って貰えてちょっと恥ずかしいかも。私は友達の試合を見に来てるだけだし、女子バスケ部にもかっこいい先輩は沢山いるからこれからも仲良くしてあげてね」

「はいっ!」


 少しかがんで滝藤さんと同じ目線で話しかけた剖良先輩に、希望に溢れる1回生は目をキラキラさせて返事した。


 柳沢やなざわ君のプロポーズを断った時の様子からは想像しにくかったが、少なくとも女子の後輩には優しくて面倒見のいい人なのだろう。


「ところで、こちらの男性は……?」


 現在この体育館2階にいる男は僕一人だからか滝藤さんは怪訝けげんな顔をして剖良先輩にそう尋ねた。



「私のボーイフレンドの白神君。彼も学生研究をやっている2回生で今月は一緒の教室に配属されてるの。この頃はお昼ご飯も付き合って貰ってる」

「えーっ、それって彼氏じゃないですか!? 恵理先輩も隅に置けないんだからー」


 壬生川さんの返事を聞いた滝藤さんが驚きの声を上げたので噂を聞きつけた他の女子部員がわらわらと近寄ってきた。



「なになに、恵理ちゃんにまさかの彼氏!?」

「剣道部員だっけ? あれ、違ったかな?」

「あんまり特徴がなさそうな……あっ、ごめん」

「あの子この前女の子泣かせたって聞いたけど」


「いや、あの……」


 普通の反応からあまり直視したくない反応まで様々な言葉をぶつけられ、僕は答えに窮した。


「白神君が困ってるからあまり騒がないであげてください。あくまでボーイフレンドなので今はどうこう騒がれる関係ではないです」

「今!? 今っていうことは、つまり……」


 滝藤さんがタイミング良く話をややこしくしてくれたせいで僕は15分ほど女子部員の質問攻めに苦労した。



 それから両校の女子部員たちはシャワーを浴びに行き、やることがなくなった僕は剖良先輩と共に第二キャンパスの正門に戻っていた。


「今日はお疲れ様です。そういえばこうやって二人で話すのは3月の研修以来ですね」

「確かに、ヤミ子と一緒の時に会ったことはあったけど。ところで……」


 正門の壁にもたれつつ、剖良先輩は僕をぎろりと見据えた。


「あれからヤミ子と二人で会ったりした?」

「学内で偶然お会いしたことはありますけど、立ち話程度ですね」


 何となく質問の意図を察して僕は上手く回避した。


「そう。それなら大丈夫」

「僕も気になってたんですけど、先輩はあれから好きな人との関係は進展しましたか?」


 少し冒険してみると剖良先輩は穏やかな表情で口を開いた。


「特に変わってない。私は今もあの子が好きだけどあの子は気にせずに親友として付き合ってくれてる。ただの親友には戻れないって思ってたけど、今のままの関係が続くなら私はそれで幸せ」

「良かったですね。先輩が平和に暮らせるならそれが一番だと思います」


 剖良先輩のような人の恋愛関係は僕には想像しにくいが、成就しにくい恋心ならば友情に留めておくのも一つの正解だろう。


 ただ、ずっと今のままならいいのだろうがこれからヤミ子先輩に彼氏ができたりしたらまた問題がややこしくなりそうな気はした。



「お疲れ様。待たせちゃってごめんなさい」


 体育館の方から聞こえた声に振り向くと、そこには私服に着替えた壬生川さんの姿があった。


「お疲れ。今日は京阪医大の人と食事に行ったりするんじゃないの?」

「他の皆はそうするけど、私はボーイフレンドと用事があるって言って抜けてきたの」

「用事?」


 女子バスケ部員一同に一言挨拶したら帰ろうと思っていたので壬生川さんの話には思い当たる所がなかった。


 剖良先輩には大学デビュー計画について話していないらしく、壬生川さんはファッションも振る舞いもゴージャスなままだ。


「今月は白神君にとって生理学教室の基本コース研修だけど、ゴールデンウィークの関係で他の教室よりも使える時間が短いの。せっかく会えたことだし一緒にお昼ご飯に行ってから大学に行きましょう」

「僕は構わないけど……」


 せっかく観戦に来てくれた剖良先輩に一人で帰って貰うのもなと思っていると、


「解川先輩、よかったらお昼ご飯をご一緒させて貰えませんか? その時に学生研究についてアドバイスを頂きたいです」


 壬生川さんは丁寧に申し出た。



「OK。ゆっくり話せるお店を探してくれる? 珍しい機会だから食事代はおごってあげる」

「本当ですか!?」


 2人の後輩に昼食代をおごってくれると聞き、剖良先輩はやはり気前のいい人だと思った。


「ありがとうございます。では一緒に来てください」


 そう言ってぺこりと頭を下げてから壬生川さんは駅の方に向けて歩き始めた。

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