47 気分は女子バスケ部

 2019年5月5日、日曜日。時刻は昼の11時頃。


 大学生にはまるで関係のない祝日であるこどもの日に僕はまたしても畿内医大の第二キャンパスを訪れていた。



 この前来たのは陸上部の新年度集会を覗きに行った時でその前は剣道部の退部について直接先輩に話しに行った時だが、今回来ているのはグラウンドでも剣道場でもなく体育館だった。


 この体育館は1回生の前半に実施されるスポーツ科学の実技授業で用いられているが1年間のほとんどは屋内スポーツの運動部の活動場所として利用されている。


 2階建ての建物の1階にはバドミントンコートと卓球場、2階にはバスケットボールとバレーボールのコートがそれぞれ用意されておりバスケ部とバレー部は曜日によって交代で体育館2階を利用しているとのことだった。



 どこの運動部も日曜日に練習があることはないが他大学との練習試合が入ることはしばしばあり、今日は畿内医科大学と京阪医科大学(大阪府枚方市)の女子バスケットボール部同士の試合が行われていた。


 俊敏で背が高めのエース選手はもちろん小柄で細身の女の子も勢いよくボールをドリブルし、相手のコートに運んだボールをリングにショットしようとしては阻まれる。


 ボールが相手チームの手に落ちると両チームの態勢は瞬時に切り替わり、目まぐるしくパスされるボールは注目していないと見失ってしまう。



 どこの大学でも過密なカリキュラムが一般的である医学部医学科の運動部は4年制大学の運動部と比べて練習に割ける時間が少なく、選手のレベルも明らかに劣る。


 また、1学年が100人程度しかいない医学部医学科では運動部であっても部員数は不足しやすく人気のない運動部では部員全員が試合に出場できる場合も多い。


 こういう現実があるため医学部医学科の運動部は医学部医学科の運動部としか試合をしないことになっており、全国的な体育大会も医学部医学科の運動部限定で開催される。


 大会は東日本の医学部医学科が集まる東医体とういたい、西日本の医学部医学科が集まる西医体にしいたい、北海道と東北地方の医学部医学科が集まる北医体ほくいたいと地域別に分けられており、畿内医大の運動部に所属する医学生のほとんどは西医体での活躍を目指して日々練習を重ねていた。



 4年制大学の運動部よりはずっとレベルが劣るとは聞くが剣道以外はさっぱり得意でない僕から見れば女子バスケ部員の技能は卓越していて、短い練習時間でここまでの運動能力を身に着けているのは流石だと思った。


 選手のいるコートの外側ではボールが飛んできて危ないということでバスケの試合の観戦ははしごや外階段から上れるキャットウォークから行うよう指示されており、僕は手すりに腕を置いたまま観戦を続けていた。



 視線の先では女子バスケ部のエースにして生理学教室所属の研究医養成コース生であり色々とキャラが濃いお嬢様にして実は僕と中学校の同級生だった壬生川にゅうがわ恵理えりさんがコートを縦横無尽に動き回っている。


 壬生川さんは女子にしては背が高めでそれだけでもバスケには有利だろうが、走るスピードもドリブルの正確性も非常に優れていた。


 奪取したボールを迅速に敵陣へと運んで相手のリングに次々とボールをシュートし、相手選手のパスは見事にブロックして試合を畿内医大に優勢に進めていた。


 という冷静な視点は置いておいて彼女の抜群のスタイルはバスケの試合では特に主張が激しく、招待されて来たとはいえこの場に男一人だけで眼福に預かっていてはばちが当たりそうだと思った。



「うへへへ……恵理ちゃん……たまらないぃ……」


 勘違いされそうなので言っておくが、壬生川さんのナイスバディを眺めて大変気持ちの悪い感じで興奮しているのは僕ではない。


 長い髪を太めのポニーテールにまとめて背中に下ろし、他大学の人と会うからかいつもよりお洒落な服を着ている女の子はもはや顔馴染みである解川ときがわ剖良さくら先輩だった。



 自らの大学デビュー計画のため女子バスケ部の友達にも僕のことを紹介したいという壬生川さんの意向により、僕は連休の1日を潰して女子バスケ部の練習試合に招待されていた。(招待ということになっているが断る権利はなさそうだった)


 剖良先輩も応援に来てくれると聞いてはいたが、あのクールな先輩のことなので真面目に試合を分析したりしてくれるのだろうと思っていた。


「壬生川……にゅうがわ……にゅう川……はあ~ん」


 先輩の呟きは僕しか聞いていないが流石にそろそろ止めた方がいい気がしてきた。



「あのー、剖良先輩」


 呼びかけてみると先輩ははっと気づいた表情になって、


「塔也君。私、好きな人には一途だから」


 何故かジト目になりつつそう答えた。


「いや、まだ何も……まあそれはいいんですけど、壬生川さんって普段どういう子なんですか?」


 そろそろ観戦も飽きてきたので気になっていたことを聞いてみた。


「えっ? 恵理ちゃんとは同じ学年じゃないの?」


「もちろんそうなんですけど、まともに知り合ってから1週間ぐらいしか経ってなくてあまり普段の彼女を知らないんです。これまで部活でも実習でもほとんど交流がなくて……」


 実は中学校でも同級生だったらしいのだがその記憶もないので剖良先輩には言わないでおいた。



「そうなのね。恵理ちゃんは派手な美人だから3回生にもよく知られてるけど、女子バスケ部以外はどこも兼部してないから意外と他学年との交流は少ないの。特に男の子の知り合いは少なくて、3回生の男子で彼女と交流があるのはヤッ君とマレー君ぐらいだと思う」

「なるほど。確かに部活で男子学生との交流がないとそうなりますよね」


 剖良先輩は弓道部、カナやんは陸上部と運動部でも男女混合だし、ヤミ子先輩の写真部やヤッ君先輩の東医研といった文化部は活動日数の少なさから部員数が多めになる傾向にあるので他学年の異性とも広く浅く知り合うことができる。


 その一方、女子バスケ部はマネージャーさんも含めて女子学生しかいないし人数も15名ほどらしいので交友関係はかなり限定されてしまうだろう。



 ちなみにマレー君というのは3回生の物部もののべ微人まれひと先輩のあだ名らしく、微生物学教室所属の研究医養成コース生なので僕もそのうち会うことになるらしい。


 実際に物部先輩に会えば解剖学・生化学・生理学・微生物学・薬理学・病理学というすべての基礎医学教室の研究医生と知り合えることになるが、どうか物部先輩は普通の人でありますようにと僕は願っていた。

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