2019年5月 生理学基本コース

40 気分は自業自得

 2019年5月1日、水曜日。


 今日から正式に令和の時代が始まり、新しい天皇の即位する日ということで祝日となっていた。



 この時期は例年ゴールデンウィークだが天皇即位に伴う祝日により今年は4月27日(土)~5月6日(月・祝)の10連休となり、世間では軽くお祭り騒ぎになっている。


 新入生が実家に帰ってほっとできるようにとの配慮からか畿内医大では昨年までもゴールデンウィークは10連休だったので本学学生にとってはあまり新鮮さはない。


 とはいえ今年は学生の家族も(土曜日に仕事がある人は除いて)同じく10連休になっているため、この機会に一家で旅行に行っている学生も少なくないらしい。



 僕の下宿は大阪府皆月市、実家は愛媛県松山市だが帰省するのに新幹線や特急列車を使うとかなり時間がかかるし飛行機を使うとお金がかかる。


 春休みと異なり薬剤師である母の仕事も休みになっているため久々に帰省したい気もしたが、帰省費用の負担はやはり無視できないので僕は今回の10連休も下宿に留まることにしていた。


 母にはちゃんと電話もしたし元々気丈な人なので長いこと会わなくても心配はないが、こういう時にお金の問題で帰省できないのは辛いと思った。



 という風に色々書いてはいるが、僕が目下もっか悩んでいるのは経済的な事情でも試験勉強でも5月の生理学教室基本コース研修でもなく身から出たさびによる人間関係のトラブルだった。


 先週金曜日の昼休み、僕は友達の林君と久々に昼食を取ることになった。


 林君は学食の量では満足できないので僕らは大学の近くに買い出しに行った。僕はカナやんから貰った株主優待券でメガドンのたこ焼きを買い、林君はコンビニでビッグサイズのお弁当を買った。


 それから図書館前のロビーの低い机にご飯を広げて食事しながら適当な話題で盛り上がっていたのだが、僕らはその際にカナやんと壬生川にゅうがわさんを比較するような発言をしてしまっていた。



 僕はカナやんを友達としてしか見たことがなく、林君に「彼女にするならどちらがいいか」と聞かれた時は深く考えずに壬生川さんと答えたのだが偶然その発言を耳にしてしまったカナやんはひどく傷ついたらしい。


 カナやんにビンタされて椅子ごと倒れた林君を介抱して二人で2回生の講義室である第二講堂に戻るとカナやんはいつもの座席に突っ伏して号泣しており、そこにいた同級生たちは心配しつつも誰も声をかけられない状況だった。


 林君は即座に「すまん、歯が折れたかも知れないから早退する」と言って逃亡し、僕は危機的状況に凍り付いた。



 誰もが近寄りがたい状況のカナやんに話しかけたのはこともあろうに壬生川さんで、何の悪気もなく「誰が生島さんを泣かせたの?」と彼女に聞かれたカナやんは顔を起こすと豪快に服の袖で涙を拭いた。


 目頭を赤くしたままカナやんは一言、何でもあらへんと言った。



 それから午後の講義に備えて生理学教室の講師の先生が入室してきて、カナやんが泣き止んだことで講義室内もいつも通りの状態に戻っていった。


 といってもこういった騒動は誰かの口から犯人が特定されてしまうもので今頃は僕がカナやんを傷つけたという噂も知れ渡っているだろう。


 ちなみに早退すると言って逃げた林君は講義開始直前にこっそり戻ってきていて、僕は彼との友情を少し疑いたくなった。



 色々言い訳をしてみてもカナやんを直接的に傷つけたのは研究医養成コースで一緒に頑張ってきた友情をないがしろにした僕の態度であり、彼女には絶対に直接謝らなければいけないと思った。


 カナやんはその日さっさと帰ってしまって、一緒に色々やる最後の日なのに生化学教室の基本コース研修も無断欠席していた。(極めて珍しい事態に成宮教授は驚いており、僕は家庭の事情で早退したと嘘を言ってごまかした)


 夕方にはメッセージアプリで謝罪の意思を伝えたが、カナやんからの返事は「うちもイライラしてて、林君を叩いてもうて申し訳ない。何も気にしてへんから安心して」という不穏でしかないものだった。



 大学で会えれば直接謝れるのだがその翌日からは10連休で授業がなくなり、生化学教室の基本コース研修もそのまま終了となってしまった。


 カナやんの実家に押しかける訳にもいかないし、僕はせっかく仲良くなれた女友達と重大なトラブルを抱えたままこの10連休を過ごすことになってしまった。

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