39 男女の友情必勝法

 2019年4月26日、金曜日。時刻は昼12時30分頃。


 畿内医科大学医学部医学科2回生の生島化奈は、ここ最近はいつも上機嫌だった。



 家庭の問題に付き合って貰ったことをきっかけに同級生の白神塔也に惹かれるようになり、先週月曜日には実家の会社である株式会社ホリデーパッチンの株主優待券をお礼として渡していた。


 塔也はとても喜んでくれて、今後もホリデーパッチンには頭が上がらないと言ってから化奈にも「今月の研修が終わっても学生研究仲間としてずっと仲良くして欲しい」と伝えてくれたのだった。



 ただの同級生ではなく、仲間。


 ともすれば女友達の一人として扱われかねないという懸念があった化奈にとってその言葉には何物にも代えがたい嬉しさがあった。



 いつも一緒に昼食を取る陸上部の友人が用事で不在だったため、その日の化奈は珍しく一人で学食に行っていた。


 天ぷらうどんを普通に食べて帰りに図書館棟2階を通った化奈は、向こうから愛しい塔也の声が聞こえてくるのに気づいた。


「……でさー、壬生川さんにいきなり話しかけられてびびったんだけど話を聞いてみると単に学生研究つながりだったんだよ」

「ははは、まあ白神みたいな普通の男に何の用もなく話しかけないよな」


 図書館前のロビーには低めの机と椅子が並んでおり、その一角で塔也と誰かが話していた。


 親友とはいえがさつな返事を口にしているのは塔也の男友達の林庄一郎だろう。


 男友達と一緒なら話しかけてもいいかなと考えつつ、でもどうやって話しかけようと化奈はロビーから死角となる廊下に隠れて迷っていた。


 無意識的に耳を澄ませていると会話の続きが聞こえてきた。



「でもあれだな。白神は最近カナやんと仲良くしてるのにお前からこれといって嬉しそうな話を聞いたことがないぞ」

「へっ?」


 林が不穏な話を始めたと化奈は直感した。


「要するにあれだろ? 壬生川さんは美人だしゴージャスだしセクシーだしグラマーだから話せて嬉しかったけど、カナやんは貧乳だから緊張もしないと」

「いやいやいや、そりゃ壬生川さんはゴージャスな美女でセクシーでグラマーで、ってちょっと重複してる気がするけど……というよりカナやんと仲良くなれたのだって僕は嬉しいよ。あの子は真面目で優しい女の子だから」


 下品な話題を口にする林に塔也は堂々と自分の素晴らしさをアピールしてくれたので、化奈はほっと胸をなでおろしていた。



「じゃあ聞くけどよ、白神は無条件でどちらかを彼女にできるとしたらカナやんと壬生川さんのどっちを選ぶ?」

「それは、まあ、壬生川さんかな」

「だろ? やっぱり男は本能に忠実なもんだよ」



「はあ?」



 頭の中で思うだけのつもりが、化奈は既に口に出してしまっていた。



 そのまま反射的につかつかと歩き出し、化奈は無表情のまま塔也と林が向かい合って話しているテーブルに姿を見せた。


 塔也は発泡スチロールのトレーに入ったメガドンのたこ焼きを、林はコンビニ弁当を食べながら話していたようだが今はどうでもよかった。



「うわっカナやん。どうしたんだよ、いきなり」


 林は何事もないような顔をしているがたらりと冷や汗をかいている。


「は、ははは、さっきの聞いてた……?」


 塔也も引きつった笑みを浮かべているが、昨日まで愛しい異性だった塔也の姿は今の化奈には卑劣な裏切り者にしか見えていなかった。


「聞いてたも何も、あらへんやろが……」


 低い声でそう呟くと、化奈は低い椅子に座っている林の頬を平手打ちにした。


 小柄な身体のどこから生じるのか分からない一撃の威力を受けて林は椅子ごと横向きに倒れた。


 恐怖して椅子ごと後ずさりした塔也を見て化奈はもう一撃をこの男に加えてやろうかと思ったが、



「……っ、ひっく、んぐ……ううっ……」


 どうしようもない悲しさと悔しさと怒りが脳内にこみあげてきて、化奈はその場で泣き出してしまった。



「か、カナやん、大丈夫?」


 本気で心配して立ち上がった塔也に、



「近寄らんといて!!」


 泣きながら怒りの声を上げると、塔也はビデオテープを逆再生するかのように椅子へと戻った。



「もう知らんわ。白神君の変態! 野獣! 裏切り者!!」


 化奈はそう叫びながらそのまま第二講堂につながる廊下を走っていった。


 その直後、第二講堂の机に突っ伏して泣く化奈の姿が目撃され、塔也の評判がしばらく地に落ちたことは言うまでもない。



 男女の友情が成り立つかどうかには諸説あるが、お互いがお互いを恋愛対象として見ないことが成立の必要条件なのではないだろうか。

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