第66話 天つ日の計画

――――――――――


 充は晴れやかな空の下、葵堂の店の裏で大きく伸びをした。三週間前、沙羅の堕突鬼きとつき騒動があったとは思えないほど、穏やかな日々を過ごしている。


 三週間前のあの日。

 充が無事に「沙羅の過去」から戻ってくると、桜と類には散々心配され、その後逃げたくなるほど甘やかされている。「無事だったんだからいいじゃないか」と言っても聞いてくれない。

 現在、桜は鬼墨の情報を集めに出かけており、類は村に薬を届けに行っているので、充のささやかな休息時間だ。

 人に疎まれるのは辛いが、愛されすぎるのも問題かもなと思う、今日この頃である。


 騒動の後、沙羅は時子や桜、茜たちの話し合いの末、茜の母が住んでいる旭村の家に預けられることになった。


 充にとって、旭村に茜の母が住んでいることは驚きだったが、夫も子どももいなくなった未亡人が、他の村に受け入れてもらうのは容易なことではない。そのため、事情を知っていた充の父・修と、母・時子が根回しして、生活できるようにしていたらしい。

 この調子だと、まだ充の知らない鷹山と葵堂との繋がりがあるなと思っているが、前のようにいちいち悩まなくなったのは、彼も成長したということだろう。


 また、茜の母はすんなりと沙羅を受け入れたようだった。畑仕事と機織りの仕事を手伝ってくれさえすれば、あとは好きにしていいと言われたので、きっとこれからの沙羅は伸び伸びと生活することができるだろう。


 沙羅が茜の母と生活することになったのは、もちろん鷹山が半妖と半鬼が生活する場所で、人の子が生活するには厳しい場所だからだ。

 沙羅は彼らを差別しなくとも、人間を嫌っている子たちはいるし、これから鷹山に入ってきた子たちがいたときに、いちいち説明するのも面倒というのもある。また、元々沙羅が鷹山に預けられたのは、鬼墨の邪気があったからであって、それが消え去った今、鷹山に居続ける必要もないと大人たちは判断したようだった。


 そして、沙羅が鷹山に居られないもう一つの理由は――。


「充」


 そう言って葵堂の裏手に回ってきたのは、黒髪に白っぽい黄色おうしょくの肌に姿を変えた茜だった。充は手を挙げて応えると、旅支度をした彼女に「行くのか?」と尋ねた。


「うん。皆には挨拶したし、沙羅のこともひと段落した。それに手掛かりも掴んだからね。『ムラセ レイ』という人を探しに行ってくるよ。……父様の鬼墨が悪用されるのも気分が悪いってのもあるけど、やっぱり放っておいちゃいけないと思うんだ」


 充は頷く。沙羅の堕突鬼きとつき騒動は、「鬼墨」や「邪気」のことを知っている者たちが周囲にいたから何とか収まったものの、そうでなかったら大変なことになっていた。


「そうだね」

「あたしに何ができるか分からない。でも、動かないのも性に合わないから」

「確かに」

「まあ、それもこれも、全部天つ日の思い通りっていうのだけが気に喰わないけどな」


 茜は頬をひくひくさせる。まだ怒っているらしい。しかし、彼女が起こるのも無理はない、と充は思う。


 沙羅の一件があったあと、天つ日が全ての事情をあっけらかんと話した。


「沙羅が鷹山へ来たことは偶然だったが、それ以外のことは我が仕組んだことだ」と。


 それを聞いた充は「何のこっちゃい」と一人ぽかーんとし、天つ日の行動を知っていながらその作戦に乗っかていた沙羅は申し訳なさそうに縮こまり、桜は「やっぱりそうか」とめらめらと怒りを燃やし、類は笑っていたが何故か怖くて、茜は「さっきそうじゃないかと気づいたけど、腹が立つから一発殴らせろ」と暴言をはき……、と邪気が消えて、元の冬空と大地が戻った山小屋の前では、色んな感情が混ざった現場になっていた。


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