第59話 特別な人

 そこまで話すと、茜は「充は、時子たちと分かり合えたか?」と尋ねた。優しくて、相手を思いやるような声だった。それを聞いて、自分の言葉が彼女に通じたのだとほっとする。


「うん。茜や風流、桜たちのお陰だよ。ちゃんと話し合えて、僕はすれ違いに気づけた。全然嫌われてなんかいなかったよ」

「そうか……」


 茜は小さく呟くと、立ち上がって空を仰いだ。褐色の肌と赤い髪が太陽の優しい光を浴びて、きらりと光る。


「あたしは……、沙羅が可愛いんだ」


 彼女はそういうと、深紅の瞳を細めた。


「最初に天狐に押し付けられたときは、『何であたしが』って思ったけど、初対面の沙羅があたしを見て、『赤い髪と瞳がきれい』って言ったんだ。人間の村に住んでいるときは隠していたから、あんまりいいもんじゃないんだろうなって思ってたんだけど、人間の沙羅にそう言われてとっても嬉しかった」

「僕も君の髪と瞳はきれいだと思うよ」


 本心だった。だが、茜はふっと笑う。


「残念だな。出会ったときに言ってくれたら、もうちょっと喜んだんだが。しかも髪と目だけなんて。女の子にもてないだろう」

「なんだそれっ! 余計なお世話だよっ」


 折角褒めたのに、と思ったが茜はしみじみと言う。


「言いたいのは、最初から沙羅にはあたしに対する偏見がなかったってことさ」

「……ごめん」


 充は謝る。鷹山に初めて入ったときは、色んなものを疑っていた。茜のことも狐に化かされていると思っていたのだから、「偏見がない」とは言えない。

 すると茜は言葉を少し訂正した。


「いや、責めているわけでも怒っているわけでもないから、謝らなくていい。それに見知らぬ土地に入って警戒するのは当たり前だろう。時子は何も話していないし、充の反応が普通だと思う。でも、あたしにとっては沙羅の反応が嬉しかったんだ。そのあと世話をするようになったんだけど、本当の妹のように思うくらい可愛くて、あたしにとっては特別な存在だ」


 茜は言葉を次いだ。


「それに沙羅は思った以上に聡い子だ。教えるとなんでも飲み込むし、鷹山の事情もすぐに理解した。それと、半妖たちは沙羅を馬鹿にしたが、あの子は自分から喧嘩を売ることはしない。だからずっと庇っていた」

「そっか……」


 充はしみじみと相槌を打った。


「あたしと沙羅は仲は良かったと思うんだが、沙羅の態度が変わったのは、充と出会う少し前だ。原因はすぐに分かった。充が言ったように、あたしたちの父親の間で起きた出来事のせいだ」

「それは調べたの?」


 茜は首を横に振る。


「いいや。天つ日に教えられた。……今思えば、鷹山で起こったことはあいつが全て仕組んだことだったんだと思う。沙羅をここに連れてきたのは天狐だとしても、足を踏み入れることを容認したのは天つ日。でなければ、沙羅は鷹山で生活はできない。そしてあたしと沙羅に、お互いの親が関係していることも時機を見計らって話している。銀星と天狐はあいつの手足になっていたんだろうな。どうせあたしの父を出汁に使ったんだろう。天狐は父と親友だったみたいだから」


 充は彼女の推理に目を見張った。


「なるほど」


 感心している彼とは違って、茜は大きくため息をつく。そして苛立ちを含めた声で言った。


「充には話して、当の本人に話していないというのは一番厄介だな。お陰であたしは堕突鬼きとつきになった沙羅と戦う羽目になった。知っていたら、防げたかもしれないのに……」


 充は茜の様子をじっとみた。沙羅の首を絞めたことは記憶にないようだが、戦ったことは覚えているらしい。


(髪が赤く光ったこととか、姿が変わったことが何か関係しているのか? それにお天道様は「我はこの先、この地にとって必要なことだからやったまで」と言っていた。「必要」なことって……)


「どうかしたか?」


 急に黙り込んだので、茜は心配そうに充を見た。


「あ、いや……」


 聞かれたとしても、天つ日のあの言葉は言えないだろうと思った充は、別のことを口にした。


「お天道様は、沙羅は茜に殺されたがっていると言っていたから、ちょっとそれが気になって……」


 すると茜が眉を寄せ、不快な表情を浮かべたときである。屋敷のほうから声が聞こえた。それも何かもめているような声である。


「なんだ?」

「行ってみよう」


 茜は軽い口調で言う。


「いいのか? 人の屋敷のなかだぞ?」

「天つ日が何かしたんだろう? だとすれば、ここは十中八九あいつの術のなかだ。そもそも屋敷の見張りもいないし、こっそり入れば問題ないだろ」

「お天道様って術が使えるの?」


 尋ねた充に、茜はふっと笑う。


「『鷹山に入った村の者が、帰って来なくなる話』をしたのは誰だったかな」


 ふた月前、茜と初めて会ったとき、お天道様のことでそんな話をしたことを思い出した。充はそろそろと手を挙げる。


「……僕です」

「分かったならいい。行くぞ」


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