第47話 銀星の憂鬱
――――――――――
「そろそろ
木々が途切れ寒空が広くなった場所に出ると、桜はそう言った。
「じゃあ、ここまでですね」
ちょうど茜と沙羅のことを一通り話し終えたこともあり、充は気を使って、桜とここで別れるつもりだった。
ここからは人間の土地。その昔、鷹山と旭村が線引きをし、お互いの生活に干渉しないことを取り決めた。ゆえに「天狐の桜」の状態で歩くことはできない。
もし葵堂まで行くには人間に化ける必要があるが、それは手間だろうと充は思ったのだ。
しかし桜は不服そうに少し眉を寄せる。
「葵堂まで送る」
「ですが……」
充は言い淀む。しかし、桜は有無を言わせぬようにはっきりと言った。
「送ると言ったら送る。私がやりたくてやっているのだ、気にするな。今、準備するから少し待て」
桜はそう言って、自分の胸に手を当て目を瞑る。すると下から風が吹きあがって、彼の着物が膨らみ、髪がふわりと浮き上がる。何が起こるのだろうと見ていたが、気づいたときには桜色の長髪は短髪の黒髪に代わり、着物も
「すごい……」
ものの一瞬で姿が変わったので驚いていると、桜は目を開き充の方を見た。
「これでよし。では行こうか」
しかし、黒髪の短髪も桜によく似合っている。先程の姿は女性か男性か分からない中世的な麗人であったが、こちらは短髪のためか、それとも色が変わったためか、切れ長の目が強調され、美しさのなかに凛々しさが加わったような感じがした。
「そうですね」
充は歩き出した桜の隣に並びつつ、「……桜はこの姿でいても、別の意味で問題が起こりそう」と思ったのは、彼の心のうちの秘密だ。
二人が他愛もない話をしながら、共に葵堂に帰ってきたときである。
ちょうど薬屋の入り口の前で、母の時子と、
充が「どうしたんだろう……」と思って、ちらと桜のほうを見ると、こちらもしかめっ面をしている。
「……どうかしたんですか?」
何げなく尋ねると、ちょうどその言葉に「充、桜ちゃんおかえりー」という、こちらに気づいた母の声が重なる。そして家の前まで来ると、桜が「何故ここにいる?」と嫌そうな顔をして、男に尋ねた。
「それを言いたいのはこっちだ。俺は天つ日に『伝言してこい』と言われたことを、時子に伝えに来ただけだ」
男が少し苛立ったように言う。桜は彼の様子を伺いつつ、答えた。
「……まあ、いいけど。私は充と帰って来ただけだよ」
男は疑うように声を低めた。
「まさか、余計なことは言ってないだろうな?」
「余計なことって?」
小首をかしげる彼に、男はため息をついた。
「……いいさ、お前にはもう聞かない」
そして充の方を見た。
「充、帰り道で天狐と何を話をした?」
「え……、僕……ですか?」
充は、今しがた初めて会った男に名前を呼ばれ驚く。
(皆、親しそうに話してるけど、僕もこの人と会ったことがあるってこと……? でも誰だろう。思い出せない……)
「え、あの……」
充が戸惑っていると、桜が話に割って入る。
「やめろ銀星。充が困っているじゃないか」
「天狐が答えないからだろう」
さも面倒そうに言う男に、充は驚いた表情のまま尋ねる。
「え、あの……銀……星なの……?」
すると銀星と桜は顔を合わせ、その間に時子が答えた。
「そうよ。桜ちゃんの妖術で人間の姿をしているの」
充は銀星をまじまじと見つめる。
(本当に銀星?)
白銀の髪は黒くなり、犬耳も目尻にあった紅の化粧がない。身長は変わらず充よりも高かいが、あのときは間違いなく線の細い少年だった。それがしっかりとした体格の男になっている。瞳も、凛々しさは残っているが薄茶色から黒になっているし、顔立ちも青年だ。
(桜の
しかし、そのせいだろうか。
以前見た、彼の目鼻立ちの整った、花の
「本当に?」
疑心暗鬼の充に、銀星は「そうだ」と言う。
「前に会っただろう」
「忘れたのか」と言わんばかりだが、姿も態度も違いすぎている。別人と言っても過言ではない。
「いや、でも、銀星って思えるところがどこにも見当たらなくて……」
充が遠慮がちに本心を言う。
すると時子が「目の吊り上がった感じは、銀ちゃんよね」と助け船を出し、すかさず「銀ちゃんと呼ぶなと言っているだろう」と銀星は突っ込んだ。充はそのやり取りをぽかーんと見つめる。
(寡黙な半妖だと思ったけど、意外としゃべるんだ……。あっ)
そのとき充は、「そういえば自分は銀星にあることを聞きたかったのだ」と思い出し、桜から聞いたことを確認する意味も込めて、聞いてみることにした。
「銀星……銀星なんだよね?」
「そうだとさっきから言っている」
「だったら僕、聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
銀星が小首を傾げる。
「沙羅が、鬼にならないようにする方法ってないの?」
すると銀星は一瞬驚いた顔をしたのち腰に手を当て俯くと、「はぁー」と長い溜息をつく。
「え、あ、あれ……聞いてまずいことだった?」
慌てる充に「いや、いいんだ。だが、方法は分からない」と言うと、銀星はゆっくり体を起こして桜に言った。
「俺は知らないからな。あとは、天狐が何とかしろ」
そう言うと、彼は桜の左肩をぽんと叩くと、後ろ手に手を振って鷹山のほうへ向かってしまう。
「どうしたんだ?」
類との会話を知らない、桜と充はよく分からないで彼を見送り、感情の機微に疎い時子は「どうしたのかしらね」と本当に不思議そうに呟いて、彼の背を見送るのだった。
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