第44話 『堕突鬼』の『白寂』

「察しの通りだ。その件で、天つ日——いや、お天道様から伝言があって来た」


 銀星は肩をすくめる。


 時子は、人間だが妖怪と近い生活を送ってきたせいなのか、それとも生来せいらいのものなのか、「物事」に関する察しがいい。次に何が起こるのか、どういうことが起こるのか。そしてどう対処し、どう駒を進めればいいのかよく心得ている。


 ただし、一定の物に対する感覚の鋭さが影響しているのか、心の機微きびうといのが玉にきずではある。


「そういえば、俺が時子と茜たちの話をするのは初めてだな。どこまで知っている?」


 時子は「そうねぇ」とくうを見つめて考えたのち、「思ったよりは知っているかな」と答えた。


「まず、茜ちゃんのお父上である絳祐こうゆうさんが、邪道の術によって沼に沈められたことでしょ。そこで鬼墨にされて、今は操墨を使う術者の手に渡ってしまったこと。そしてそれを手招きしてしまったのが、沙羅ちゃんのお父上ってことは分かっているわ。あとは、何の縁か分からないけど、沙羅ちゃんの髪の毛には絳祐さんで作られた鬼墨が付着していたから、鷹山でかくまわれていること。それと、鬼墨のこともある程度は知っているわ」

「……つまり、天狐が包み隠さず話しているということだな」


 銀星は呆れたようにため息をつく。知ることで危険なこともあるのだから、全て人間に話す必要はないだろうに、と暗に言っているようだった。時子はそれを察して、桜を擁護ようごする。


「仕方ないわ。大切な友を取られたんですもの。一人で抱えるには大きすぎる。桜ちゃんは『天狐』と崇められる神獣ではあるけれど、心の痛みの感じ方は私たちと同じなのだから……」

「……」


 銀星は桜に対して何か言いたそうな顔をしたが、沙羅の話に戻した。


「まあ、いい。……説明が省けていいということにしておこう」

「それで? お天道様は何て?」

「天つ日の伝言は『鬼墨が暴れるのも時間の問題だろう』だそうだ。それと下手をしたら『白寂はくじゃく』の『堕突鬼きとつき』になる、と」


 時子はあごに手を当てると「お天道様もそうお考えなのね……」と小さく呟き、何かの書物を読み上げるように言葉を続けた。


「人間は時に鬼になることがある。それは主に鬼の気を浴び、感情が極端な方へ向いたときに起こるという。『白寂はくじゃく』の『しろ』はむなしさを表し、『じゃく』は寂しさを表す。そして『堕突鬼きとつき』とは破壊の鬼のこと。つまり寂しさを持った子が、破壊の鬼になるということ。——沙羅ちゃんは村を救うための生贄いけにえとはいえ、親に捨てられた同然で鷹山に来たから、危ないってことでしょうね」

「そういうこと。詳しいんだな」


 銀星が意外そうな顔をしたので、時子は肩をすくめた。


「知らなかったら葵堂はやっていけないもの」

「時子の養い子は違うみたいだけどな」


 すると時子は困ったように笑う。


「今から否応なしに覚えざるを得なくなるわ。修があの子を養子にすると決めたときから、こうなることは分かっていたことだもの」

「ふーん。……ああ、それと、俺の血の話も時子にしておけと言われた」


 銀星は、少しばかり充のことが気になったが、それを話していると日が暮れそうになったので軽く受け流す。

 一方の時子は「血の話」と聞いて、すぐにぴんと来たようだった。それも、すでに予測済である。


「沙羅ちゃんに飲ませた血のことでしょう? あれは彼女が強くなりたいから飲んだんじゃなくて、鬼墨の力を抑え込むためのものだったんじゃない?」


 時子の指摘に、銀星は黒い眼を見開いた。


「どうして分かった?」


 驚く銀星に対し、時子は大したことがないように語る。


「本来鬼墨は、何らかの術を使って、滅したり浄化したりしなければ消えないものなのでしょう? だから沙羅ちゃんの鬼墨は、術者に消してもらわなければいけない。でも、術者は呼ばなかった。彼女が鷹山に居続けているのがその証拠。そうでなかったらとっくに人間の村に連れて行っているか、私たちに俗世に帰れるように頼んでいるはずだもの」

「……それで?」


 銀星が促す。時子は言葉を続けた。


「術者を呼ばない理由の一つとして、半妖や半鬼が住む鷹山だから面倒事になりかねないというのもあるだろうけど、多分それは一番の理由じゃない」

「……」


 押し黙る銀星に、彼女は柔らかく笑う。


「桜ちゃんもそうだけど、他にも絳祐さんを探している者がいるでしょう? そして元に戻そうとしている。ということは、沙羅ちゃんに付いた鬼墨を消すわけにはいかない。何故なら、その墨も彼が戻るのに必要になる貴重な一滴……まあ、染み込んでしまっているかもしれないけど、とにかく消えなければ、絳祐さんの居場所を知る手掛かりになるかもしれないものだから、無くさない方がいいでしょうね。だから、沙羅ちゃんがぎりぎり耐えられる半妖の血を取り込ませることで、内側から鬼墨の制御のために使ったというところかしら。私と充が呼ばれたときは、まだ取り入れたばかりで、銀ちゃんの血が彼女の体のなかで暴れていたようだけど」


 銀星はしばらく黙っていたが、納得すると息をついて話し始めた。

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