第11話 妖の薬

「葵堂の人間は、鷹山のこともあって昔から妖怪と関りがあるんだ。妖老仙鬼ようろうせんきと繋がっているのもそのためさ」

「それ、確かさっき君が言っていた妖の名だよね?」


 茜は頷く。


「妖老仙鬼は妖怪のなかでも変わり者だ。数百年生きているせいか戦いにも興味がなくて、人間風に言うと『隠遁生活いんとんせいかつ』とやらを送っていると聞く。その暇つぶしとして薬作りを熱心にやっているって話だ」

「はあ……」

「だが人間と取引しているのは葵堂だけだろうな」

「どうして?」

「理由は知らないが、修も時子も気に入られているんだろうよ」


 茜が冗談めかして言う一方で、充はどんよりとした顔をする。


「そうなんだ……」

「なんだ、嫌そうだな?」


 妖怪に好かれている両親というのは、複雑な気持ちだ。これまで家族以外の周囲の大人たちに教えられてきたのは、「妖怪や鬼は危険だから近づかないようにすること」に限る。妖怪たちは人間と違う種族の生き物。そのためお互いが干渉しないように一線を引くことを大切にしてきた。

 人間に好かれている者に好かれているであればいいのだが、おそれられている者に好かれているのはさすがに嬉しくはない。しかし、目の前にいる茜も半分鬼なので、はっきり言うのははばかられた。


「いや、別に……」


 充は茜から目を逸らし、話題を沙羅に戻した。


「それより、沙羅はその鎮静薬を飲み続ければ、この状態が治るのか?」


 このまま沙羅を寝かせていて、その半妖の血の効力は消えるのか、と。それを茜に問うと彼女は大きなため息を吐いた。


「このままだと銀星の血に負けて死ぬだろう」


 充はその一言で、何故茜が沙羅に向かって「まさか私の血まで飲む気か? 死ぬぞ」と言ったのかが分かった。強くなるために血を求めたのであれば、茜の血も採ろうとした理屈も分かる。しかし半鬼とはいえその血は人間には強すぎる。だから、彼女は「死ぬぞ」と警告したのだ。


「それでいいのか?」

「困るよ。でも、策はある」

「どんな?」

「沙羅が銀星の血に慣れることだ」


 充は首を傾げた。今しがた「沙羅は銀星の血に負けて死ぬ」と言ってはいなかったか。


「矛盾していないか?」

「それは『何もしなければ』の話だ。暫くの間は、沙羅が暴れたら鎮静薬を用意してもらう」

「処方しておけばいいってこと?」


 充の問いに茜は答える前に立ち上がると、彼を見下ろしてにやりと笑う。


「それはあとで時子に聞くといい」

「え?」


 何かを企んでいるかのような、不敵な笑みを浮かべる茜を見て、それがどういうことかを尋ねようとしたとき、まるで見計らったように、薬草を探しに行っていた母が帰って来た。


「おかえり、時子」

「ただいま、茜ちゃん。みつると話は出来たかしら」


 時子は茜に尋ねながら土間に上がり、摘んできた草を、薬箱から取り出したくたびれた大きな和紙に包み始めた。


(くずの根だ)


 充は、赤紫色の花弁の一部に黄色い黄斑がある花を見て思う。葛は根を乾燥させると、葛根かっこんとなり解熱や痛み止めとしても使えるし、風邪の引き始めにも効果があるため薬屋としては大変重宝している薬草だ。


「鷹山と葵堂の薬のことと、沙羅に関わることは大体」

「そう、ありがとう。ところで、沙羅ちゃんの様子はどう?」


 時子は尋ねながらも自分で少女の様子を見る。どうやら薬が効いて痛みもなく、ぐっすり眠れているようだった。


「調子は安定しているよ。副作用もない」

「よかった。大丈夫そうね」

「うん」


 時子は和紙に包んだ葛の根を薬箱にしまうと、姿勢を正して息子を見ると「じゃあ、充、帰りましょうか」と言った。


「え? もういいんですか?」


 沙羅の様子を見ると言っていたので、もう少し帰るのは後になると思っていたので拍子抜けした気分だった。


「ええ、今はもう私たちに出来ることはないからね」

「それならいいのですが」


 充は母に促され、行きと同じように薬道具を背負い、茜に案内されながら山を下りたのだった。

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