第12話 お天道様

「沙羅を一人にして大丈夫なのか?」


 帰り道、行きと同じように先頭に立って歩く茜の背に充は尋ねた。


 先程の話を聞いた限り、眠っている沙羅を一人で置いていくのは多分良くない。行きのときは、あの通り暴れていたので茜が傍にいなくても大丈夫だっただろうが、抵抗しない人間になっている沙羅に、妖怪たちがちょっかいを出さないとも限らないだろう。


 すると彼女は振り返り、「そうでもないから、帰りはもう少し先にある、分かれ道まで行ったら戻るつもりだよ」と言った。


「そっか」


 充は頷く。


「すまないな、薬屋まで送れなくて」

「別に、気にしなくていいよ」


 充が言うと、時子も頷く。


「そうよ。沙羅ちゃんのことを大切にね」


 すると茜は笑みのなかに困った表情を浮かべる。先ほどの出来事といい、沙羅があのようになってしまった経緯といい、面倒を見るのに苦労しているのだろう。


 しかし、茜が沙羅の世話を焼く理由はまだ分からない。茜は半鬼で、沙羅は人間。つまり、茜にとっても沙羅は見下す対象ということだ。だが、彼女はなんだかんだ言って、沙羅のことを気に掛けている。

 

「なあ、時子」


 茜は曖昧あいまいな表情から、元のきりりとした顔つきに戻ると母を見た。


「うん?」

「帰りは、途中でお天道様てんとうさまのところに寄って行くか?」


 茜の問いに充は首を傾げた。


「お天道様?」


 すると母が柔らかな声で答えてくれる。


鷹山ようざんにいる神様のことよ」

「神……?」


 充がいぶかしい顔をしていたのを見て、茜は補足説明をした。


「言っておくけど、神様と言っても人間が思っているような奴じゃないから」

「それって、どういう……」

「例えば雨乞あまごいをすれば雨を降らせるとか、商売繁盛を祈るとか。人間が崇め奉るような対象じゃないってことさ」

「ああ、なるほど」


 といってから、充は再び首を傾げる。


「だったら、お天道様ってどういう神様なんだ?」

「そうだなあ……」


 茜が言葉を探していると、母がふわりとした声で言った。


「鷹山の出入りする者を見守り、妖たちの統治をしている者、と言ったらいいかしら」


 茜は頷く。


「近いかもな。お天道様が鷹山にいる限り、受け入れられた者だけしか入れないことになっている」

「もしかして、受け入れられていない人が迷子になったり、怪我をしたりするのは、お天道様のせいなのか?」


 茜は眉を寄せる。


「なんでそんなこと聞くんだ」

「村人は鷹山には入るなって言われているけど、度胸試しで入る奴がいるんだよ。で、大体は帰ってこないか、帰ってきても怪我をしている。だからそうなのかなって」


 すると茜は呆れた顔をする。


「怪我をするのはそいつがドジか、ここの半妖たちがからかったかだろうが、まあ……帰って来ないのはお天道様のせいかもな。受け入れぬ者を惑わす道を作るとも言われているから」

「惑わす道?」

「実際にはないのに、あるように見える道のことさ。本当にそんなことをしているのかどうかは知らないが」

「知らないことばかりじゃないか」


 文句を言ったが、茜は肩をすくめて苦笑する。


「だから、お天道様のことはよく知らないんだ」

「ふーん……」


 そのとき充はふと、あることに気付いた。


「あれ……、でもそれなら僕たちは?」


 お天道様が入山する者を選別するならば、どうして充自分たちは入れたのだろうと充は疑問に思う。


「それは、君も時子もお天道様に受け入れられているから」

「え、なんで……?」


 充が問うと、茜がちょうど「着いたぞ」と言った。はぐらかされたような気もする。しかし追及する前に、時子が朗らかに礼を言った。


「茜ちゃん、ありがとう」

「こっちこそ来てくれて助かったよ。じゃあ、気を付けてな」

「ええ」


 挨拶をした茜は、今度は充の方を向いてにっと笑う。


「充も。またな」


 充は、何故彼女が「またな」というのか不思議に思いながら、「……え? あ、ああ。じゃあな」と別れの挨拶をかわしていた。


 人間ではなく「半鬼」の彼女と話したことは、人間の世界では考えられないことが多かったが、意思疎通がちゃんとできることを考えると、妖も言葉が通じるのだなとぼんやりと思っていた。


 時子は暫し彼女の背を見送ったあと、笑みを浮かべ充に尋ねた。


「充、お天道様のほこらに少し寄って行きたいのだけれどいいかしら?」

「もちろん、いいですよ」


 快諾かいだくすると、彼女はほっとした表情を浮かべる。


「よかった。そこにお天道様のご神体があると言われているの。久しぶりに足を踏み入れたし、充のこともあるからちゃんと挨拶しておきたいと思って」

「僕のこと?」


 お天道様に挨拶することと、自分がどう関係しているのだろうと思っていると、「じゃあ、行きましょうか」と言って、母は歩き出してしまう。


 天然な対応なのか、それとも真意を話したくないのか——。


 心のなかがもやもやしながら、充は付いて行った。

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