第10話 「銀星」という名の半妖

「ぎんせい?」


「銀色の『銀』に、『星』と書いて、銀星。爪を持った犬狼いぬおおかみの半妖だ。沙羅の髪は元々黒いし、爪も牙もあんなに強くなかった。それなのに今じゃ髪は白くなって、爪は伸びて黒くて鋭いし、歯は牙になっている。それを見る限り、奴の血を飲んだんだろうとあたしは思ってる」


「確信があるわけじゃないのか?」


 すると茜は少し考えてから答えた。


「あたしの鼻が犬狼いぬおおかみ並みに効くか、妖力の気配を見分けることができればはっきりするんだが、残念ながらその能力は持っていないんだ。だから本当のところは分かんないけど、血の力が見た目にも影響するのは間違いないから、十中八九合っていると思う。だけど——」


 と言って、茜は小さくため息をつく。


「もし銀星がやったとしたら、せないことがある」


 充は小首を傾げて「それは何?」と聞いた。茜はちゃぶ台に頬杖をつき、縁側の外を眺めながら言う。


「銀星は、鷹山のなかで三本の指に入るほど強いんだ。しかも戦うこと以外に興味を持たない。そんな奴が人間の沙羅に目を付けて、血なんか飲ませたのかってことが信じられないんだ」

「三本の指って……強いな」

「あたしよりは弱いけどね」


 さらりと茜が言った言葉に、充は彼女がこの山でも相当強いということを察した。


(でもそうだとしたら、銀星だけでなく茜だって不思議な行動をしている。何故沙羅をかばうのだろう。強いから、弱い沙羅を見下す必要がないということなのだろうか。それともまた別の理由が……?)


 充は気になったが、話し出してしまうと話題がずれてしまうと思ったので「半妖の血」の話を続ける。


「血って、そんな簡単に手に入れられるものなのか?」


 充は想像を巡らせて聞いた。


 血を採る技術を持っているなら出来るが、普通「血をくれ」と言ってくれるものではないだろう。それとも人間ではない半妖である彼らは、考え方が違うのだろうか。


「君が言いたいことは分かる。答えは『簡単なことじゃない』だ。仮に沙羅が戦って何とか銀星の腕を噛んだとしても、奴の皮膚が強くて人間の歯じゃ破れないからな。刃物を使うという手もあるが、ここには調理用の包丁くらいしかないからね。そんなので銀星もやられないだろうよ」

「じゃあ……、誰かが手を貸したってことか?」


 半妖の血を飲んだ今なら、茜の腕に噛みついたようにできるのかもしれない。だが、その前の沙羅はここでは無力だったというころだろう。それなのに血を飲むことができたということは、それしか考えられない。


「まあ、そうだろうね」


 茜がそう言って目を細めたとき、山小屋が何故かざわめいた。しかし、辺りを見渡しても充たち以外の姿は見えない。


「な、何?」


 充がそのざわめきに驚くと、茜は「小さい妖が隠れているだけだから気にするな。害もない」と言う。


 害がないかどうかは怪しいが、彼女が山小屋の奥に強い視線を送ると、そのざわめきが一瞬にして消えた。


 それを感じた茜は、深紅の瞳を細め冷ややかな笑みを浮かべる。充はぞくりと背筋が凍るような感覚に陥ったが、彼女の表情からはすぐその笑みは消し話を続けた。


「だがそれを知るのは重要なことじゃない。あたしたちは人間じゃないからね。血を飲ませたからと言って、犯人捜しをするような面倒なことはしない。気にくわなかったら戦うだけさ」

「……そう、か」


 充は、「戦う」という言葉を小さな声で反芻した。

 先ほどの茜と沙羅の戦いを見た限り、「妖の戦い」というは相当荒いことが想像される。きっと強い者の意見がここでは押し通されるのだろう。


「今のところは、誰に助力してもらったのかどうかまでは分からない。だけど沙羅は、銀星の血を飲んで妖気が融合し、彼の力を手に入れた。だが、その見返り……なんだろうな。銀星の強い血が沙羅の体で暴れている。半妖の血も人間の子どもには重く、痛みを伴う」


 充ははっとし、先程母が言っていた言葉を思い出していた。


 ——分かった、それなら鎮静薬がいいわね。用意するわ。


「だから母さんは妖怪の薬とかいう『鎮薬』の処方をしたのか……?」


 茜は頷く。


「ああ。痛みを抑えても、暴れているものをどうにかしなければ意味がないからな。そして半妖の血が関係しているから、時子は妖怪の薬を使ったというわけ」


「そういうこと」


「まあ、時子がせんじた薬がかないってわけでもないんだけど、やっぱり妖の血には妖のものがずっと効く。それに効能が出るのも早いしね」


「理由はよく分かったけど……、葵堂うちが妖と薬の取引をしていたなんて知らなかった……」


 充が小さくため息をつくと、茜は知っていることを教えてくれた。


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