第9話 普通の人間

「類」とは充の義理の兄で、時子の実の子である。


 充とは六ほど歳が離れているせいか、充が大人になっても甘やかすところがある優しい兄だ。両親に似て薬の知識が豊富だが、充が店番や村に薬売りをするようになってからは薬の買い付けに出ており、ここひと月ほど帰ってきていない。


 充のなかでは養母は義兄と相違なく育ててくれていると思っていたが、「鷹山」と「葵堂」が繋がっていることを茜に教えてもらったのは、複雑な気分である。


「そうなんだ……。知らなかった」


 すると茜は気の抜けた顔をする。


「呆れた。時子は、本当にこういうことはさっぱりなんだな」

「こういうことって?」

「『葵堂』と鷹山との繋がりのことだよ」


 遠回しに「お前が知る由もないだろうな」と言われた気がして、充は悔しくなった。だけど、その気持ちすらさらすことが恥ずかしくて、「僕は養い子だからね」とえて明るく言い、また自分で傷つく。


 馬鹿だなと思っていると、茜が意外なことを口にした。


「知ってるよ」

「え?」

「でも、時子とおさむの子で、類の弟だろう?」


 修とは時子の夫であり、充の養父である。


「そうだけど、血は繋がってないし……」

「関係ない」


 茜はきっぱりと言い、燃えるような深紅の瞳で充を見た。


「修と時子が決めたことだ。君はあそこにいるべき人間だ」


 まるで訴えかけるように強く言った彼女は、そのあとふっと力を抜くように微笑を浮かべた。


「時子の忘れっぽいところは気にするな。前からそうなんだよ。類のときもそうだったから、養い子だからとかは関係ないね」

「……義母はは義兄あにのこと、詳しいんだね」

「そういうわけでもないけど。知っていることなら機会があれば話してあげるよ」


 充はどこか、「養い子」という立場に引け目を感じている。本当の子どもではないから。


 彼が修と時子の養子になったのは、今から十年くらい前の話だ。母が細かいことに頓着するような性格ではないこともその間に知った。そして優しいことも。だけどやっぱり、養い子である充に話せないこともあるのだとずっと思っていたのだ。


「ありがとう……」


 充は気づいたら彼女にお礼を言っていた。


 今日初めて見知った相手に、家族のことを聞いてお礼を言うのは変な感じだが、「自分の家族のことを他者から聞くことができるのは、いいかもしれないな」と素直に思った。


「あのさ。話が変わるけど、この子って人間なんだよね?」


 充はかたわらで眠っている少女をちらりと見る。先ほど大暴れしていたとは思えないくらい、すっかり落ち着いていた。


「そうだよ。普通の人間さ」

「本当に?」

「本当だ」


 それなら、どうしてその姿に――。充がそう聞こうとすると、茜は察したように話し始めた。


「あの状態は、半妖の血を摂取したせいなんだ。半妖は妖怪よりは体が弱いが、人間よりは強いことの方が多い。それと妖怪の血は、人間の血とは性質が異なるんだ」


「どういう風に?」

「あたしも詳しいことは分からないが、一番は妖気だろうな」

「ヨウキって?」


「妖怪が持つ目に見えない力のことだよ。『気』といったらいいかな。あたしたちはそれをもって相手との強さを推し量ったり、どういう系統の妖怪なのかを判断したりするんだ。あとはそれが相手に攻撃的な影響をもたらすこともある」


「それじゃあ、沙羅はその影響があって苦しんでいるってこと?」

「そういうこと」


 茜は頷く。


「それから妖気は他者の体に取り込まれた場合、体内のなかでその者と融合しようとするらしい。つまり沙羅に取り込まれた半妖の血が沙羅と融合しようとしているってことだ。そしそのせいで、あの姿さ」


 充は「なるほど」と頷く。


(茜の言っていることを整理すると、「半妖の血が融合しようとしているから、人間である沙羅の髪が白髪で、鋭い歯に爪を持ってしまった」ということだろう)


 しかし、人様の血を飲むというのは生半可なまはんかな覚悟ではできることではない。


「だけど、沙羅はこうなるって分かっててやったのか?」

「さあ。本当のところは知らないが、毒になることくらいは分かっていたんじゃないかな。馬鹿な子ではないから」

「だったら何で……」


 茜は煩わしげに「充がそう聞くのはよく分かる」と言って、小さくため息をつく。


「これは想像だけれど、強くなりたかったんだと思う」

「強くなりたかった……?」


「ここには半妖や半鬼が多いって言っただろう。そいつらの多くは、人間の子どもである沙羅を見下しているのさ。誰かよりも優位に立ちたくて沙羅を見下す。人間にも嫉妬のような、誰かを馬鹿にするような感情があるが、妖怪は人間のそれよりも強いんだ。そして半妖も例外じゃない。優位に立つために大体は手を出すから、怪我をするとまずいと思ってあたしが守ってたんだけど、沙羅はそれが嫌だったらしい。強くなりたくて、血を飲んだんだと思う。それに――」


 茜は寝ている沙羅をちらと見る。


「あの姿を見る限り『銀星』のものだろうな」

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