第8話 半妖と半鬼

「『鷹山ようざん』はね、君のところの村人たちが言っているように、鬼や妖怪が住んでいるんだ。見ての通り、あたしも人間じゃない」


 茜は自分を示す。彼女は赤毛の髪に、褐色の肌。瞳の色も深紅で、歯も口を閉じても鋭い八重歯の先が少しはみ出ている。そして手の爪が長く鋭くかたそうだ。


 それに先ほど少女と戦った身のこなしと、傷も痛みを感じていない様子を見る限り、人間ではないことは間違いない。


 ここまで来たら彼女が妖怪であると認めるしかないのだが、充には一つ分からないことがあった。


「だけど君は、村へ来たとき人間の姿をしていたよね? 何故?」


 茜が葵堂へ尋ねて来たときは、髪は黒く、肌は白くて十歳くらいの少女の姿をしてたのだ。それなのに今は充と同じくらいの身長になり、姿は大人の女性。何が起こったというのだろう。


 すると茜はきまり悪そうな顔をして、「それはこの姿のままで行ったら、何も知らない人間に出くわしたときに驚かせてしまうから、仕方なく変化へんげしていただけだ」と言った。


 確かに体つきは人間の女性だが、髪の色やら瞳の色、そして鋭い爪なんかを見たら、驚きそうである。


「確かに」


 充が頷いたのを見て、茜は脱線した話を戻した。


「鷹山には妖怪たちがいる。それを村人が代々言い伝えているから、彼らはこの山には入って来ない。そのお陰でこっちも生活しやすいし、そっちにも問題は起きない。だけどここにいるのは『半妖はんよう』や『半鬼はんき』という奴らがほとんどだ」

「はんよう?……と、はんき?」


 これまた初めて聞く名前に、充は小首を傾げる。


「半分人間の血が混じっている妖怪たちのことだよ。鬼の場合は、『半鬼』と呼ばれている。そして私も半鬼だ」


 充はその瞬間、血の気が引くのを感じた。


「それって……人間と妖怪が交わるってことか……?」

「そうだ」


 茜は淡々と頷く。


「人と心を通わせた変わった鬼や妖怪は、肉体関係を持つことがある。そうすると半分人間、半分妖怪の血を持った子どもが生まれるんだ」


 人間と妖怪が交わること自体考えてもみなかったことなのに、人間と妖怪が心を通わせることがあるなど、充には到底理解できそうになかった。


 確かに、目の前にいる茜は理性があって人と話すことが出来ている。しかし、これまで村で聞いていた話では、妖怪と心を通わせることはおろか、話すことすら出来ないと思っていただけに、子までせることが衝撃的だった。


「あたしには、人間と心を通わせるて肉体関係を持つことがとんと理解できないけどね」


 充の気持ちを察してなのか、それとも本心なのかは分からないが、彼女は肩をすくめて言う。自分自身も鬼と人間の間に生まれた子であるというのに、彼女はまるでそれを否定しているかのようだった。


「しかし、種が違うのにそんなこと可能なのか?」


 生物学的な意味の問いに、茜はにやりと笑う。


「君は、妖怪との子でも作りたいのか?」


 質問に対し、ややこしい質問を返してよこしたので、充は反射的に「そんなこと聞いてない!」と返してしまった。顔が熱くなるのを感じ、さらに誤解を招くのではないかと焦っていると、彼女はあざけるように呟いた。


「それならいいが。人間と妖怪の間に子を作るのは、やるものではないよ」

「……」


 先程まで飄々ひょうひょうとしていた彼女の表情に、どこか暗い影のようなものを感じる。内心その意味を問いたい気持ちがあったが、「今はその話を聞くときではない」とこらえ、充は「続きを」と話を促した。


「——全ての半妖や半鬼に当てはまるわけではないけど、体は半分人間の血肉で出来ているから、怪我をしたり病になれば、人間に合った薬や治療を必要とする者もいる。だから葵堂とは昔から繋がりがあるのさ」


「だから、母さんが茜のこともここの事情も知っていたのか……」


 茜は「そうだ」と頷く。


「鷹山が人間との間に境界線を引いてからの付き合いだからな。君やるいで三代目だったはず。それくらいの間、鷹山と関わり続けてもらってる」

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