第42話 絳祐の行方

 すると桜は眉を寄せる。美しい顔が、苦痛にゆがんだ。


「手に入れるのが簡単だったからだろう」


 桜が小さくため息をつく。「人間」に呆れているように、充には見えた。


「長い間、邪道の術者は鬼で墨を作ろうと考えていたようだった。しかし鬼というのは、そう簡単に人の前に出てくるものではない。悪鬼は人間を襲うことがあるが、絳祐のように知性を持った鬼は違う……。そして奴らは、沙羅の父親の依頼で絳祐を見つけた。人間のなかに紛れ、人間を信じ、人間と共に村で暮らす知性を持った赤鬼。人に気を許していたから、術にはめるのは簡単だったことだろう……」


(つまり、絳祐さんの「人を愛する行動」が、仇となってしまったんだ……)


 充はぎゅっと拳を握った。何て酷いことをするんだろう、とやるせない気持ちになる。


「すみません……、辛いことをお聞きしました……」


 充が謝ると、桜は優しい笑みを浮かべ彼の頭を優しく撫でた。


「よいのだ。優しい子」


 桜に気を使われ、充はちくりと胸が痛んだ。何か気の利いたことを言ってあげたいが、何も思いつかない。そのとき、彼はあることに気づいた。


(……そういえば、さっき桜は「絳祐さんは術で殺されたこと」を否定していた。もしかして生きているのかな……?)


 少しの希望をもって、充は尋ねた。


「……あの、桜」

「うん?」


 桜は柔らかい笑みを浮かべる。


「さっき、僕が茜のお父さんが術で殺されたと言ったら、否定しましたよね? それって、まだ生きているってことですか?」


 すると彼の表情が陰る。


「……そうとも言える」

「え……?」


 どういうことだろう、と思っていると桜がその答えを教えてくれた。


「鬼墨になった鬼は、墨が全て消滅するまで、もしくは術が解消されるまで、術に縛り付けられるんだよ」


 充ははっとする。


「じゃあ、茜のお父さんは――」


 桜はその言葉の先を引き継いだ。


「絳祐は生きながら、術者に力を搾取されている」

「……っ!」


 充は息を飲んだ。

 それは、一息に殺されるよりも苦しく辛い、生き地獄を味わうということなのだろうなと、桜の表情を見て察するのだった。


「助けられないんですか?」


 充が尋ねると、桜はゆっくりとした動作で再び歩き出して「それはできないんだ」と言った。充は彼について行く。


「どうしてですか?」

「沼から墨が取り出され、少なくとも六つに分けられてそれぞれの術者の手に渡ってしまっているからね……」

「そんな……あっ」


 そのとき充は、茜がここを出て父親が残したものを探したいと言っていたことを思い出した。


「どうした?」


 尋ねられ、充は桜を見上げた。


「茜が、お父さんが残したものを探したいって言っていたんです。それってもしかして……」


 桜は充が言いたかったことを悟って頷く。


「散り散りになった墨を集めたいんだろう。集めたところで、絳祐が戻ってくるのか確信はないんだが……」

「でも、何かをしていたほうが気が紛れるかもしれません」

「そうだな」


 桜はぽつりと呟く。


「私が人間の術師のことを調べたのも、気を紛らわしたかったからなのかもしれない。絳祐を助けられるのではないかと、術のことを知るたびに思う。だが、実際はそう簡単ではないけれどね」

「そうなんですね……。でも、茜は探したくても探しに行けないみたいでした」

「それはそうだろう。茜は沙羅の面倒を見なくてはいけないからね」


 桜の何気ない言葉に、充は少し考えてからおずおずと尋ねた。


「あの……茜も沙羅もお互いのことは知っているのでしょうか?」

「知っているよ」

「……」


 茜は知っていて沙羅の面倒を見ていということだろう。

 そして、だからこそ沙羅は「偽善者」と言った。

 しかし、沙羅は沙羅で、自分の親が頼んだ術のせいで、茜の父親が今も誰かの術の道具として使われていることを知っている。それで、茜が可哀そうだと言ったのだろうと、充は想像する。


「複雑ですね……」

「……」


 充が呟いたあと、桜が何も言わないので心配になって「どうかしましたか?」と聞いてみた。

 すると彼ははっとして、困ったように笑った。


「いいや。私もいつの間にか、人の心が分かるようになってしまったなと思ってな」


 充は首を傾げる。


「それは駄目なことなのですか?」

「濃やかな心を持つというのは、あまり妖にはないことだ。だから持っていると辛いと思うこともある。私の気持ちは中々同胞には分かってもらえない。唯一、分かり合えていた絳祐とは離れてしまった」

「そうだったんですね……」


 桜は、ふっと笑う。


「悲しいことではあるが、私は私の場所を見つけているから大丈夫だよ。充たちがいる」

「僕は桜がその気持ちを持っていて嬉しいです。そうじゃなかったら、きっとこんな話もできなかったですから」

「そうだな」


 すると桜は目元を和らげ、優しく笑う。ようやく痛みを我慢するような笑みではなくなって、充はほっとした。


「あの、もう一つ聞いてもいいですか?」

「何なりと」


 美しい麗人は、風で遊ぶこめかみのあたりの髪に耳にかけながら言う。思わずどきりとしたが、充は気持ちを落ち着かせて聞きたかったことを質問した。


「ずっと疑問に思っていたことがあるんです。鷹山は半妖や半鬼が生活する場所なのでしょう? それなのに、どうして沙羅はここに来たのですか?」


 桜は「そうだな……」と言って、少し考えてから答える。


「色々事情はあるが、一つは父親に村の為の生贄として差し出されたからだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る