第40話 陰術と陽術

「沙羅の父親は、茜たちが人間として住んでいた土地の地主だった」


 充は目を見張った。自分の嫌な記憶が蘇る。


「地主様……?」


 呟く彼に、桜は頷いた。


「そう。だが、あまりいい人間ではなかったらしい」

「……」

「数年不作が続いたにも拘わらず、いつもと同じように税を納めるよう、村人に圧力をかけていたらしい。見かねた茜の父——絳祐こうゆうは、自分が出せるだけの米を出し、その代わりこれ以上、税を出せない者へ責めないようにお願いしたと言っていた」

「優しい方なんですね……」


 不作ということは、村の誰もが大変な思いをしているということである。つまり茜の家族も同じだったはず。それでも、他の人への取り立てがひどくならない様に、自分を犠牲にするというのは、よほど心が広くなくてはできないことだと充は思った。


「ああ、優しい鬼だよ。私は彼の親友で、奥方も理解のある人だった」


 桜は目を細めて言う。友を思い出して懐かしそうにしているが、やはりどこか寂しげである。


「だが、絳祐が肩代わりしたとなると、ややこしくなるとも言っていた。善意で行ったことも、人によってはそれを悪と捉えるものもいるからね。だから絳祐はできるだけ穏便に済ませたつもりだったんだが、助けられた百姓はそのことをみんなに話してしまったらしい。もともと絳祐の支持は厚かったが、村人は一層慕うようになった。それが面白くなかったんだろうな。地主は絳祐の粗を探すようになり、奴が鬼であることを知った。鬼には術が効く。だから、術者を呼んで始末してもらおうと思ったのだろう」


「茜にも聞きましたけど、彼女のお父さんは術で殺されたと……」


 桜は少し視線を下げる。


「それは少し違う……」

「違うんですか?」


 充が小首を傾げると、桜は考える仕草をすると、「そういえば、充はこの世にどういう術があるのか知っている?」と聞いた。


「いいえ。祓い屋がいることは知ってますが、詳しいことは良く分かりません」

「じゃあ、説明しよう。そなたが鷹山ここにいる限り、知っていて損はない話だ」

「分かりました。お願いします」


 すると桜は、少し硬い表情を浮かべて話し始めた。


「人間は、我々のようなものを『妖怪』といって恐れるようになったときから、陰陽術おんみょうじゅつというのを手にした」

「陰陽術、ですか?」


 桜は頷く。


ひかりかげ。陰陽術は二つの力を元にした術のことと言われていて、『妖怪』を封印するにはとても便利な力だったんだよ。だが時代を経るにつれて、『妖怪』の力が増し、封印だけでは事足りなくなるようになってきた。つまり、滅する必要が出てきたというわけだ。のちにその件で陰陽術を使っていた一族は、派閥による内乱が起こり『陰』と『陽』に分かれた。そして今残っているのが、陰術いんじゅつ陽術ようじゅつだ」


「陰術と陽術……」

「そう。今から、500年くらい前の話だ」

「古い時代からあるんですね」


「うん。だが陰術と陽術のなかでも、また小競り合いがあってね。袂を分かつように、陰術からは『邪道じゃどう』、陽術からは『天術てんじゅつ』と『転陽術てんようじゅつ』が派生した。そのうち、絳祐に使われたのは『邪道じゃどう』が使った『操墨そうぼく』という術だ」


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