第四章 茜と沙羅の因縁

第39話 茜と沙羅の、思いがけぬ繋がり

 充は不思議な心地がしつつ、悩みながらも桜と共にゆっくりと山を下りていた。


(会話が……ない)


 隣を歩く彼をちらと見上げると、すぐに気づかれ嬉しそうな微笑が返ってくる。まるで光を放っているかのように神々しい。充は、ぎこちない笑みを何とか返すと、再び顔をそむけた。


(人って、自分に見合わないものが傍にあると、取り扱い方が分からなくなるものなんだな……)


 桜とは、子どものころに会っていたとはいえ、久しぶりの再会である。しかも当時の充は葵堂に馴染もうとしたのと、薬学をはじめとする勉学が楽しくて夢中になっていたため、あまり桜の存在を覚えていない。


 それ故に、突然人間ならざる美しさの麗人が目の前に現れ、妖の「天狐」であることを告白されたら、「やはり人間ではなかったか」とは思っても、間の取り繕い方は誰だって戸惑うのではないだろうか。いや、戸惑うにきまっている、と充は自分に言い聞かせ、納得させる。


(桜は僕が何も話さなくても気にしてないみたいだけど、失礼な気がして駄目だ……。どうしよう何を話そうかな……。天気? でも、なんか違う気がするし……。それとも、桜のことを聞くとか? でもなぁ、茜や風流みたいな存在もいるし、生い立ちのことを聞くのはいけない気がする……あっ)


 そのときふと、茜の話を思い出していた。


 ——沙羅のことだって、天狐が「茜が一番適任だ」って指名してきたから断れなかったんだ。


(……教えてくれるかな?)


 充には「天狐」と呼ばれる妖がどれくらいいるのかは知らないので、茜に沙羅のことを頼んだのが桜ではない可能性もあるが、鷹山にいるなら事情くらいは知っているのではないかと思ったのである。

 

「あの……聞きたいことがあるのですが」


 隣を歩く桜が、興味津々な顔で充を見た。


「どうした?」

「あの、えっと……」


 充は彼の輝くような表情を見て、「もしかすると桜は、僕が『自分のことを聞きたがっているのではないか』ということを期待しているのではないか」と思った。信じられないくらいの美貌をした麗人に、好意的(家族的な、友人的な意味で)に思われたことがないので自惚れかもしれないが、桜の顔を見る限りそんな気がしてならない。

 もちろん彼のことを知りたいとは思うが、茜と沙羅のことを思い出してしまったので、そちらのことを聞きたい気持ちにかられた。


(ごめんなさい! 桜のことはまた改めて聞くので、どうか二人のことを教えてくれますように)


 充は心のなかで祈りながら、桜に尋ねた。


「鷹山にいる、人間の沙羅という名の少女のことを知っていますか?」


 表情が少し陰る。聞いてはいけないことだっただろうか、などと思ったがすぐに返答が返って来た。


「例えば?」


 桜の声に嫌がる感じはない。充はさらに勇気を振り絞って、「生い立ちとか、茜との関係とか……」と答えた。

 すると桜や心配そうな顔をしながら、優しく問うた。


「知ってどうする?」


 思いがけない質問に、充は目を伏せて答えた。


「それは……分かりません」


 当事者でもない充が、首を突っ込むことでもないのは確かだ。

 しかし、沙羅が暴走するためにその様子を診て、茜とは常に相談し合っている内に、二人の関係のことを放っておいてはいけないんじゃないかと思ってきていた。


(それと、今日の沙羅の話……)


 沙羅は自分では「茜に迷惑を掛けたくない」と思っているのに、本人の前では冷たい態度をとっていた。それを受けた茜の様子を見ると、悲しく思えたのだ。


「二人の関係を理解したいんです。沙羅は茜のことを思っているみたいなのに、彼女の前では逆の振舞い方をしていますし、一方の茜は人間である沙羅のことを見捨てないでいます。茜は……『天狐』に頼まれたからと、言っていましたけど、僕にはそれだけのようには思えなくて……。だから、上手く言えないですけど、二人の間を取り持ちたいと言うか……沙羅が暴走しているとき以外は、せめて二人が穏やかに過ごしてくれればと思ったんですけど……すみません。何言っているか分からないですよね」


 顔を上げ、はははっと笑うと、桜は「沙羅は」と言ってから立ち止まり、充に寂しそうな笑みを浮かべた。


「やはりそなたは優しいな。誰かの傷の痛みを、共に悲しむのだから……」

「え?」


 小首を傾げると、桜は寒空を仰ぐとぽつりと呟いた。


「沙羅は茜にとって、憎き男の子どもなのだ」


 充は目を見開く。


「どういうことですか?」

「茜の父の話は知っているか?」

「はい。それは茜に聞きました」

「そうか。それなら話は早い」


 桜は、緑色の瞳でじっと充を見つめ、重いものを引きずり出すようにゆっくりと言った。


「茜の父を人間の術によって祓おうとしたのは、他の誰でもなく沙羅の父親なのだ」

「え……?」


「すまない、歩こう」と言って、桜はゆっくりと歩き出す。充はそれに付いて行った。


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