第28話 闇に差し込む光

「来い」


 側役は充の手首を掴み、力づくで部屋のなかに入れる。


「……っ!」


 抵抗しようにも大人と子どもでは力の差がありすぎて、どうにもならない。何とかすり抜けても、数人男たちが周囲で見張っているので、すぐに捕まえられてしまう。

 それでも充は、このまま彼らの言いなりになりたくなくて、必死に抵抗した。

 しかし結局力で抑え込まれ、引き戸を背にして、輪の付いた縄に手首も足首も繋がれてしまう。


「手間をかけさせやがって。この分も罰に上乗せしてやる。——お前らのうち一人だけ残って、戸の外で見張りをしろ。それ以外は持ち場に戻れ」


 充が恐る恐る振り向くと、側役の指示によって複数いた男たちは部屋を出ていき、引き戸が閉まり真っ暗になる。だが残ったのが、側役一人なのは分かる。


「さあ、始めようか」


 側役が部屋にろうそくの火をいくつか点けたのち、奇妙に上擦ったような声で言う。そしてその手には、いつの間にか鞭が握られていた。


(あれは、牛や馬を働かせるために使うものなのにどうして……)


 その瞬間、ひゅんっ、という早い音が駆け抜けたかと思うと、充の小さな背にびりびりとした痛みが走った。


「っ!」


 痛い! そう思った瞬間には、次の痛みが背中に走る。


「くっ……! う……」


 充が痛みに堪えていると、側役はため息をつく。


「お前らなんかな、生きている価値さえない人間なんだよ。それにも拘わらず、地主様の屋敷の桃を盗むなんてな。欲深い奴らだ」


 今度は肩のあたりに鞭が当たる。


「どうだ。少しは反省する気になったかな?」


 笑いを含んだ問いに、充は振り返って睨みつけた。


(どうして僕が反省しなくちゃいけないんだ……)


 猿轡さるぐつわをされているので、何も言えなかったのだが、怒りを含んだ表情が気に食わなかったらしい。側役は余裕の表情を消し、眉を吊り上げた。


「なんだ、その目。もっと痛めつけられてぇのか!」


 鞭がより高い位置から振り下ろされる。充は目を瞑り、振るわれる鞭を背で受け止めた。


「……っ!」


 先ほどよりもずっと強い衝撃を背中に感じる。その上、打たれる回数が増えるにつれ当たる場所も重なってくるため、ひりひりとした痛みもするようになってきていた。そのうち、涙もぼろぼろとこぼれていた。


「ほら、ちゃんと反省しろ!」

「うっ……!」

「この糞餓鬼くそがきめ!」

「……っ」


 充は猿轡を強く噛みしめながら、側役の罵倒と鞭打ちの痛みに耐える。もう、何度打たれたかもよく分からない。そして意識が朦朧としてきたころ、自分の正義感を呪った。


(……こんな酷いことになるなら……、兄の悪さなんて……認めてもらおうと思わなければよかった……)



 鞭打ちが止まったのはいつだったかは分からない。だが、背中の痛みで気が付いたときには壁の上にある通気口からは、赤い空が見えていた。もう夕暮れになったのだろう。

 手首や足首を繋いでいた縄は解かれていたが、もはや充にここから脱出しようという気持ちなど消えていた。考えようとしても痛みに思考が遮られてしまい到底できなかったのだ。

 そのうちに、大人に自分の言葉を信じてもらえない悔しさが込み上げてきた。


「う……うっ……!」


 充は堪らなくなってすすり泣いた。鞭打ちのときに散々泣いたので、涙が枯れたかと思ったが、頬が濡れるので「まだ出るんだな……」とぼんやりと思う。


(僕って、いらない存在なんだ……)


 こんなことになっても、両親は畑仕事のことで頭がいっぱいで、長兄と姉は下の子たちを見ていて充のことなど気にしていないだろう。

 もしかするといなくなったことさえ気づいていないかもしれない。いや、気づいても気づかぬふりをしているかもしれない。

 家族が助けてくれなければ、充を味方する人はいない。

 次兄のやってきた悪さや罪を押し付けられてきたせいで、充は両親だけでなく周りの大人から信頼されない人間になっている。嘘をつき、悪さばかりする人間を誰が信じるのだろう。それに被害者は地主様である。充がこのような罰を受けていたって、誰もが「当然のこと」だと思っているに違いない。


「ぐずっ……ずず……」


 悔しかった。辛かった。もう、こんな生活から逃れたかった。

 するとそのとき、部屋の外で大人たちの騒がしい声が聞こえた。また鞭打ちが始まるのかもしれないと思うと恐ろしく、充は体を引きずるようにして部屋の隅に小さくなってうずくまる。

 そして勢いよく戸が開かれたかと思うと、西日で顔が赤く照らされた人物が「大丈夫ですか⁉」と声を掛けたのである。


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